OUTライ007_またね、龍王

 はっ、と何かに遅刻してしまった事に気付いたように、トゥルーとレアルが起き上がる。

 眼前には未だ魔導器のチューブに繋がれ、目の覚める気配のないライが横たわっている。

 

「よう、起きたか」


 ビートルは微かな奇跡を見た様な面持ちで、起き上がった二人を見返した。

 

「……信じられねえが、ライの生命活動を示す魔力反応が向上している」

 

「本当ですか!」


「ああ、これで後は肉体だけだ……!」


 ビートルが意気込むが、実際の所根本的にはこっちが問題だ。

 しかし現実的に見れば、心の問題よりも肉体の問題の方が根深い。

 生きたくない、死にたいと思っても五体満足であれば自殺でもしない限り生きながらえてしまう。

 逆に生きたい、死にたくないと思っても胸に風穴が空いていれば、死の滑り台を堕ちていくだけだ。

 

「……驚いたぞ。この男の澱みに満ちた心から、救い上げるとはな」


 心から感服するようないつもの低い声で、龍王が眠るライを見つめる。

 

「ならば、後は我に任せよ」


 龍王がそう言い放った途端、龍王の体が黒と金の光に包まれていた。

 否――龍王そのものが、漆黒と黄金の光が病室を鮮やかに照らしていた。

 ただ姿を消したこの前の光とは違う。

 トゥルーもレアルも、存在そのものを代償にした瞬きである事を直ぐに悟った。

 

「な、何をする気……!?」


「我は肉体を自由に象れる。なれば肉体をライに合わせ、同化する事で体を修復する……」


「やっぱり……それはつまり、龍王が死ぬって奴じゃないですか!!」


「言った筈だ。誰も傷つけない真実も、誰も傷つかない現実がこの世にはない、と。本来救われぬ命を救うには、それ相応の対価が必要だ」


「どうしてそこまで……龍王のあなたが……!」


「世界の為だ……この世界の未来を救えるのは、もうお前達しかいない……こうして肉体を捧げるのも、我の役割だ」


 だがそれでも、龍王の存在そのものを懸けた救出劇になるなんて想像していなかった。

 折角紡ぎかけた絆が消えていく事に、トゥルーとレアルがしがみ付く。


「龍王さんに……私達、沢山お礼が言いたいことあるのに……!」


「謝りたい事も、沢山あります!」


 ライが死ぬのは嫌だ。かといって龍王が死ぬのも嫌だ。

 誰も傷つけない真実も、誰も傷つかない現実も無い。

 いくらそう諭したところで、きっと彼女達は模索し続けるだろう。

 最後までそう足掻くことを、未練とは言わない。優しさと呼ぶのだろう。

 そんな心ある二人に、小さく笑いながら龍王は頭を撫でた。


「お前達は一つ勘違いをしている」


「えっ?」

 

「我は死ぬ訳ではない……お前達と違って、精霊には命の概念がない。少し長く、眠るだけだ」


 龍王討伐の為に予習した事なのに、もう忘れかけていた。

 失うという事は、人間にとっては耐えがたい事なのか、と龍王は最後に学んだ。


「また遠くない未来で、我は肉体を得てお前達の子々孫々を見守る……山脈の頂上から、また人間が間違いを繰り返さない様、時には干渉する」


「それが……精霊の役割なんだね」


「そうだ。天使よ」


「……寂しくないの?」


 寂しい。

 そう言われて、昔一人だけ自分への恐怖も知らず、毎日足蹴く通っていた少女がいたことを思い出した。

 まだ自分が精霊となり切る前の、ここで語るべきではない物語だ。

 

 しかし、寂しくない。

 少女が眠る大地の上で踊る街こそが、モルタヴァなのだから。

 

 ああ。

 モルタヴァを、滅ぼさなくて本当に良かった。


「寂しくないさ……お前達は我が子同然。我が子で埋め尽くされた世界で、何を孤独に感じる事があるか」


 そう言い放った時には、既に黒と金の光がライに吸収されつつあった。

 胸の風穴が治癒されていき、まるで人間から進化しつつあるようにライの輪郭を暖かい光が包んだ。

 それは黒くとも、睡眠の瞼に覆われた視界の様に優しくて。

 それは黄金らしく、どんな色にも負けない眩さと強さを持った光だった。

 

「寂しがるな。人々よ。お前達の子孫にまた会えることを、我は楽しみにしている」


「はい。じゃあ、しばしばのお別れです……あなたの事は、この世界の守り神として、絶対に後世まで語り継ぎます」


「……またね」


 天使のまたね、に眼を細める。


「我が目を持った時、青々とした緑が広がっている事を願っている。我が耳を得た時、笑い声で囀る生き物達の声を聞くことを望む……我が子らよ。未来を……託した……」




 龍王は、安心して消滅した。

 代わりに、ライに繋がれた魔導器が生存の確定を示していた。

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