第46話 もう二度と、じゃなくてもう一度と言う
「でも何かはいつかは君達を殺しに来る。髑髏の天秤に代わる闇ギルドだって現れるかもしれない。この世界は、そういう世界だ」
そう言ったうえで、俺はまるで前言でも撤回するかのように弱音を吐いた。
しかしそんな弱音を待っていましたと言わんばかりに、トゥルーとレアルはにっこりと笑って見せた。
「……うん。だから一緒に探そう」
トゥルーは繋いだ手を顔まで持ってきて、励ますように言う。
「ライお兄さんが、納得する道を」
「……俺が納得する道?」
「戦いに巻き込んだ身で言うのもなんですが、きっと戦い以外にも道はあります」
「戦士じゃないからって、明日ナイフで刺されない保証はない」
「はい。だからナイフで刺されない様、生き方を考えるんです」
簡単な事ではないことかもしれません。それが出来ないから毎日殺人事件だって起こるし、戦争だって起きます。
そう付け加えてもなお、レアルは俺の前に屈んで言って見せた。
「今回は私とトゥルーは無事で済んで、あなたが死の瀬戸際にいます……次は三人一緒に生きている未来になるよう、考えるんです」
「……どうしても死ぬ時になったらどうする」
「まったくもう、まったくもうなのですよ。どっこまでもネガティブですね」
そう言い放った本人であるレアルとトゥルーは小指を差し出してきた。
なんだろう。何の儀式だろう。
「知らないんですか? 指切げんまんという奴なのですよ」
「嘘ついたら針千本飲ます、だね……!」
「私達は、死なない。“いのちをだいじに”。それを目掛けて全力で、互いを信じて生きるんです」
「……」
俺達は両手で、他の二人と小指を結び付け合った。
そんな儀式をしたからと言って、明日から世界は優しくはならない。
世界の約束の結果が、俺の背景に広がっている。
それでも、この小指はきっと離れないと、離さないと。
確信もしてみたし、決意を固めた。
「まずはどうやって生きるかを探すのです……地方創生を手伝うのはその後でいいですよ」
ゆっくりと。
ゆっくりと。
幼い頃に探し忘れた、自分を取り戻してください、とレアルは優しく言ってくれた。
「ライお兄さん……まずは生きてみよう」
トゥルーは心から、切に願っていた。
「私も、レアル姉さんもそうだし、外じゃビートルさんが必死に頑張ってるし、イリーナさんやプリンスさんだってそう願ってるし……」
そうだったのか。
本当にこの三ヶ月、色々あった。
左腕の時計版が刻む時間が、何十倍もの速度で進んだんじゃないかと勘違いするくらいに、色々あった。
その色々の中で、俺は確かに人間として思われていたらしい。
楽しかったもんな。
誕生日パーティー。
またいつか、開いてあげたいし、開いてもらいたいな。
「龍王も来てますので」
「龍王も!?」
龍王が駆け付けてくれたのは、単純な祝福じゃないな。
そうか、と俺は悟った。
「まだ、破滅の未来は回避できていないんだな」
「でもそれがあなたが立ち上がる理由になってほしくありません」
「どうして?」
「破滅の未来を回避した後、あなたが望む未来は何ですか」
「俺が……望む未来」
「破滅の未来を変えるために生き返って、世界を救ってたった一人
破滅の未来を回避した後で、モルタヴァの地方創生を手伝ったりとか、一緒に流星群を見ながらアイスを頬張ったりとか。
そんな事しか考えてこなかった。
夢。
そんなもの、子供のころ以来持ったことは無かった。
「……一緒に探そう」
天使が、俺の手を繋いだ。
「私もまだ、自分とか夢とか、そういうの探してる真っ最中です!」
心強い、一緒にその未来を見てみたいというかわいらしい顔。
そして姉の様に、どこまでも導きながらもどこまでも心配するという顔。
俺はそんな二人を抱きしめながら、誓った。
「必ず戻る……俺は目を覚ます」
抱擁を解くと、もう安心だね、と小さく呟きながら二人の姿が光になった。
「待ってる」
「待ってます」
二人がそう口を揃えて嬉しい言葉を俺に送ると、そのまま光の粒となって空へと戻っていった。
『どうしてあなただけ、幸せになるの』
エルーシャとテルースが、俺を殺さんと言わんばかりの形相で、血の中からこっちを見てくる。
それは俺がこれまで殺した、名も知らぬ命たちも同じだ。
俺が心を染めてきた死達と、俺の狭間で、幼い俺は行き来していた。
「幸せになる為に、俺は生きるんじゃない。でももう少しだけ、生きてみたい」
『私達の事を、忘れるの!?』
「忘れない」
忘れる訳がない。
この血まみれの心中が、化物にはお誂え向きの罪深さの証左だ。
でも、そんな化物にも許された、たった一つの本当の願いがある。
それは俺が一生をかけてでも、しがみ付かなければならない世界がある。
一人の天使と。
一人の令嬢と。
そして何人もの近しい人が帰りを待つ、真実にして現実の世界が。
過去は嘘には出来ない。
エルーシャを壊したことの罪と、テルースを救えなかったことの罪は一生背負っていく。
仕方なかったという言い訳で屠って来た命の分、俺は誰かを救ったりして何とか精一杯やってみる。
……たとえこれから、破滅の未来を防ぐ為にエルーシャを殺す事になったとしても。
それが『未来を生きる』という事なら。
『ざまぁみろ』と言う事だって、それが未来を嘘に変えるためだったなら。
「君達に許してもらえるまで、俺は誰かの為に生きてみたい」
『ずっと許さない』
俺の罪は、幼いころの俺を引っ張ろうとした。
だがその前に俺は、幼いころの俺の手を握った。
ずっと誰かの帰りを待っていたかのような、俺の小さな手を、俺は握りしめて言う。
「ずっとなら、いつまでも、かな」
気づけば幼い頃の俺は、俺と手を繋いでいた。
俺はまだ何をすればいいのか分からない俺に、勇気づけるように言った。
「一緒に生きて探そう。見失った夢を、皆が許してくれるような未来をもう一度」
そして俺は、幼い俺の手を引いて村を出た。
驟雨の中、エルーシャに別れを告げた時の様に。
今度は死に場所じゃなくて。
生きる未来を探す為に。
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