OUTライ006_嘘つきの、嘘の中へ

「……他者の心に直接干渉するというのは、人間には不可侵の領域だと思っていたが、特に驚きはない様だな」


 龍王の言う通り、ビートルこそは眉を潜めていたものの、少女二人に特段の驚きはなかった。


「私達は先程、ある二人が心にアクセスするのを見ました。方法は違えど、既に人間でも可能な事です」


 心は魔力によって象られている。

 その仕組みをついて、一人は天使の心を捻じ曲げた。

 もう一人は、天使の心を救った。ただし、命がけで。


「今から、お前達の魔力とライの魔力を繋げる。お前達の自我がライの心に干渉できるようになる」


 龍王の指示通り、トゥルーとレアルはレルの体を掴む。

 もうどこにも逃げない様に。

 しかしドーナツの様に空いてしまった胸の風穴に、自らの弱さを恥じながら。

 触れた皮膚に、まだ体温が残っていることを確かめながら。

 

「断っておくが、心に潜れば解決ではない。奴が生を拒絶するまでに至った経緯は、やはり過去にある」


「過去……」


 思い当たる事が二人には多すぎる。

 救国の剣聖エルーシャ。泥棒の創世はじまり

 妹も同然の存在を失った経緯。

 それは、一人で背負うには重すぎるものだし、三人でも分けても耐えられないかもしれない。

 そもそも一緒に背負う事が出来る物ではないかもしれない。

 

 それでも。


「……うん。でも、私達はライお兄さんを探します」


「ビンタでもなんでもして、起こしてやるって奴なのですよ」


 絶対に過去からライを連れ帰す。

 ハッピーエンドを迎えたと勘違いしているレルの眼を覚ます。

 二人の眼に確固たる光を見た龍王は、負けを認める様に頷いた。

 

「ならばお前達を信じよう。否、お前達に私も懸ける」


「龍王に懸けるだなんて言われるのは……光栄ですね」


 かつては龍王を討伐対象としてしか見なかったレアルだったが、今は感謝の意しかない。

 だが故に、以前の自分の行いに恥を感じた。

 

「申し訳ございません。私は以前、あなたを魔物の頭領として、どう倒すかという敵としてしか考えていませんでした」


「それは我が龍王であるが故。人は自分より巨なもの、そして虚なものを怖がる」


 頭を下げたレアルの頭をそっと撫でる龍王。

 

「だがお前達はその恐怖を乗り越え、我の言葉にも耳を傾けている。古の時代、生贄を捧げる事でしか恐怖を克服できなかった人間から、人も進化したと確信できる」


「龍王さん……ありがとうございます」


 レアルと同じく、トゥルーも下げた頭をそっと撫でる。


「天使も人を恐れたが故、天をも破壊する力を破滅にしか使えなかった。我は破滅の未来を見て時代は繰り返すとばかり思っていたが、お主を見て考えが変わった」


 二人の頭から手を離す。


「二人とも頭を上げよ。これよりライの心中までの道を開く」


 龍王が両手を大きく広げると、ライを中心に突如虹色の渦が展開された。

 渦の中心では、世界が展開されている。

 ライの記憶が創り出した、ライだけの轍が広がっている。

 

「恐れるな! 跳びこめ! お前達の家族を、連れ戻してこい」


「はい!」


「行きます!」


 二人は両手を繋ぎ、渦に吸い込まれるがままに意識を飛び込ませていく。

 魔力と記憶が混ざった鮮やかな濁流の中で、まずは自分を見失わない様にひたすら下へ、ひたすら下へ。


「まずはどこへ……!」


「選んでる余裕はないです! ライの事、全部知るんですよ!」


「……そうだね! 待ってて、ライお兄さん!」


 世界を飛び越える。

 ライの始まりの場所へ、未来が解けてしまう前に――!

 

 

 

 

「……二人は、ライの心の世界に入ったのか?」


 恐る恐るビートルが龍王に尋ねる。

 心を転移し、抜け殻となり意識を失った二人の少女を壁に座らせながら。

 

「間違いなく」


「俺もそれなりに冒険はしてきたつもりだが、心に訴えかけるなんて初めてでな……」


 そう呟くと、突如魔導器が示す反応が、ライの危篤状態を示す反応を見せた。

 途端、ビートルがライの隣に立ち、緊急手術に入る。

 

「やっと光明が見えてきたんだ……! こんなところで、あとちょっとのところでくたばらせるかよ!!」



 必死なビートルの背中を見ながら、龍王が小さく笑う。

 

「人も天使も、捨てたものではないな……」


「人も天使も獣人も魔物だってな……必死に生きてんだよ……! 時には命のやり取りをしないといけなくてもな! 生きている時点でそいつは嘘じゃあねえんだよ!!」


 汗を白衣で拭いながら、振り絞る様にビートルが言う。

 

「俺は医者だ! 人を嘘にしねえ為の存在だ! この子達が帰ってくるまで……俺が絶対に保たせてやる……っ!!」


 必死にあらゆる医療の手を尽くすビートルの背中と、意識をライの中に刷り込んで眠っているトゥルーとレアルを見て、龍王は一つだけ自身の間違いを認めるのだった。

 

「人は誰しも……未来に抗う力があるのだな」

 

 

 

 一方で、冒険者ギルドでは再び緊急依頼の貼り紙が用意されていた。

 イリーナがこれから待ち受ける未来に苦い顔をする。

 

「遂に来るのね……」


 貼り紙を見ていたのはイリーナの他に、プリンスもいた。

 

「……ちょっと出かけてくるわ」


「どこにいくの? プリンス」


 男か女か分からないその情報屋には、恐怖は無かった。

 情報屋としての本懐を遂げられることに、嬉しさを感じていたからだ。


「ちょっと取ってくるわ。“法螺吹き”の情報を。ちゃお」


 その貼り紙に書かれていたのは。

 二週間後に予測される“モルタヴァへの帝国軍襲来”に対する兵の募集だった。

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