OUTライ005_龍王、嘘の怪物の横に跳ぶ
魔導器のチューブに体のあちこちを繋げ、横たわっていたライ。
ビートルの話では、今は医療用の魔導器で無理矢理生命活動を維持している状態だという。
ガラス越しに、未だ回復されぬ胸の穴をぽっかりを開けたまま、眼を覚まさない家族を見ているしかなかった。
トゥルーも、レアルも、別れの未来を想像し、自信も胸を貫かれるような痛みを覚えながら。
「……いつどうなってもおかしくない状態だ」
ビートルの重たい一言が、より現実味を帯びさせる。
「問題は二つある……一つは、やはり天使の唄によって肉体があらゆる魔導器や魔術による回復を受け付けない……外科手術で何とか誤魔化している状態だ……」
エイトハンドレッドの言う通り、天使の唄に対しては自然治癒でしか回復しない。
医者でさえお手上げなのが実情だ。
だがビートルはトゥルー達も想像していたライの容体について、もう一つ問題があるという。
「……もう一つは、ライそのものが生きようとしていない」
「生きようとしていない!?」
「魔力の動きで心理状態も分かるんだが……それによって自分から生命活動を停止しようとしている様にも見える」
トゥルーとレアルの脳裏に、意識を失う前の満足げなライの表情が思い浮かんだ。
まるで、最初からこうやってかっこよく死ぬ事を望んでいたかのような、何の曇りもない笑顔。
「例え肉体が回復しても……あのままでは意識が戻らない可能性がある」
そして“サバイバー症候群”に羅患し、心を病んでいたせいで自分の命に価値を感じていなかった。
だからこそ、価値のない自身の命にも無意識のうちに投げやりになれてしまった。
死が安息の場所であると、本能が言ってしまっているのだ。
「どうして……どうして!? ライお兄さん!」
ガラスに額をこすりつけながら、届かない場所で眠るライにトゥルーが叫ぶ。
「マーガレットアイスを味わえるようにって! 一緒にもう一回流れ星みようって! 約束、したのに……!」
「一緒にモルタヴァを盛り上げるの、手伝ってくれるんじゃなかったんですか……!」
二人の少女がすすり泣く音がする中、一つの足音が聞こえた。
しかし遠くの廊下から来たわけでなく、今まさにこの場所に降り立ち、足音を奏でていた。
あまりに唐突で、しかも黒と金のマントを全身に纏った灰髪の男にその場にいた全員が注目する。
男は疑念の視線など露知らぬ顔で、硝子の向こうで命を落とそうとしているライを一瞥し、
「……やはりこうなったか」
とだけ呟く。
一方のトゥルーは、察知能力によって感じる気配があまりにも他のものと異なっている事に違和感を覚えていた。
かつ壮大な大樹の様な、全ての上に立つ王の様な気配――以前にもあった。
黒と金で構成された、龍王山脈の精霊。
思わず、その正体を言い当てた。
「もしかして……龍王さん?」
「え、ええええええ!? あの龍王!?」
ビートルが驚愕の声を上げる。
レアルも一瞬言葉を失いかけたが、精霊という性質から龍王が人の形を取れる事には納得した。
伝承でもかつて、人間の姿で現れたという話は予習済みだ。
「我が見た破滅の未来。そもそもあの未来に、ライがいない事に違和感を抱いていた」
「未来に……ライがいなかった?」
レアルの質問に、龍王は首肯しながら返答する。
「つまり破滅の未来までのどこかで、ライは死んでいる。それがどこで発生するかを探っておったのだ」
それが、今。
ライは破滅の未来には登場せず、今日もしくはどこかで死んでいた。
人がそれを、運命と呼ぶのだろう。
言葉では聞いた事があった。だが実際にこうして未来を知る者から聞かされなければ、実感できない。
まるで予め予定調和に敷かれていた脚本の様な世界に、怒りを覚えなくもない。
何故世界は、運命は、未来はライを置き去りにするのだろう、と。
「怒るな、そして恨むな。世界を」
だがそんなトゥルーとレアルの心を突くように、ストレートに言い放つ。
「言ったであろう。未来も、運命も嘘にできるのだと」
諭す様に、龍王が続ける。
「天使よ。お前が破滅の未来を振りまく未来は、既に回避されている」
「そうなの……?」
「だが破滅の未来そのものは、回避されておらぬ」
一同がどよめきながら、龍王が見た未来を聞く。
「確かにお前が戦線に加わり、破壊を振りまくことは無くなった。だがそれでも“法螺吹き”は世界を滅亡に導く未来は、未だ覆されておらぬ」
世界の終末にトゥルーがいなくなっただけで、世界の終末の未来そのものは変わっていない。
灰色の翼を掲げた天使たちの破壊も。
法螺吹きと呼ばれる世界破滅兵器の跋扈も。
そして剣聖エルーシャの暴走も。
それによって齎される世界の終末は、何も変わっていないのだ。
「だが少なくとも、ライにはその未来を嘘にできる力がある……それは娘、お前達二人にもだ」
「私達にも?」
「天使の娘が世界の終末から外れた決定打は、先程の貴様達の行動だ」
トゥルーがパチの催眠を真っ向から打ち破り、レアルがパチを仕留めた。
あれも未来からの挑戦状で、二人はそれに打ち勝ったのだという。
「我は世界を護る精霊として、貴様達に懸けてみたい……だから、ここに来た」
トゥルーとレアル、そしてビートルの体が突如ガラスを超えてライの隣に移動していた。
空間移動。
思わず三人ともどよめきながら、軽々と異業クラスの事を為す龍王を見た。
一方で龍王はビートルを見る。
「先程お主が言っていた二つの問題。肉体の方は我が何とかしよう」
「……何とか、出来るんですか?」
レアルがおそるおそる訊いてしまうくらい、ライに空いた肉体の穴は深刻だ。
天使によって与えられた傷は、天使でも回復は敵わない。
だが目前にいる龍王と言う存在は、そういった理から外れる精霊だ。
だからこそ、この後に首肯しながら龍王が言う言葉にも説得力があった。
「だが肉体を治す前に、まず精神の風穴をどうにかする方が先決だ」
龍王はトゥルーとレアルに言う。
「だが精神の風穴を治癒するのは、お前達二人だ」
「……私達が?」
「そうだ。これは我では適わぬ事。家族として一番近い距離を過ごしたお前達二人が適任だ」
「でもどうやって……ここで励ましていれば、祈りが届くと言うのですか」
そう言いながらも実はこの時、レアルもトゥルーもこの精神的な問題の解決方法について思い当たる節があった。
ライは自らの心を魔力に変換して、トゥルーの精神に潜ったのだ。
二人の頭に同時に過った常識はずれな方法と、龍王の発言も一致した。
「お前達二人にはライの心に潜り、精神の風穴をからライを引っ張り出してもらう」
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