OUTライ004_残された二人、涙と覚悟――覚悟編
「えっ? 私を呼んでる人がいる?」
トゥルーの下に来た看護婦に呼ばれ、思い当たる人物が数人浮かんだ。
一度戻ったイリーナさんが着替えを持ってきたのかな。
明日来るわと言ったプリンスさんが様子を見に来たのかな。
一瞬迷ったが、泣き疲れて寝ているレアルを起こす訳にも行かない。
何より今自分がここで何をしたところで、ライを助けることは出来ない。
「分かりました」
トゥルーは看護婦が案内される通り、外まで出る。
人通りの少ない診療所前。夜ともなると真っ暗だ。
しかし、そこにいたスーツの男だけはくっきりと分かる。
「……誰?」
「初めまして、僕は君の友達だよ」
初めましてと言った通り、トゥルーからすれば目の前の男が髑髏の天秤の生き残り、パチだという事を知らない。
ライの事もあって、察知能力を使っていない状態で、警戒をする事が出来なかった。
ただし、パチはトゥルーを知っている。
そのアドバンテージだけが、パチにとっての蜘蛛の糸だった。
そして魔法陣を宿した眼を即座に見せて、発動する。
最悪の催眠魔術――今回の騒動の、全ての始まりを。
「“
そしてトゥルーは、パチの眼球に刻まれた魔法陣を見た。
「あ……」
曖昧になって行く世界。
緩慢になって行く世界。
このモルタヴァに来てから三ヶ月。
三ヶ月の間であった、沢山の嬉しかった事、悲しかった事。
それらがシャボン玉の様に塗り潰されていく。
『じゃあ、沢山泣いて。そうしたら無理しなくても笑えるから』
この髑髏の天秤から救ってくれたあの日に背中を貸してくれた恩人も、どんどん顔が分からなくなっていく。
今まさに沢山泣いて、泣いて、泣いて、それでさえも笑えるかどうかわからないのに。
ずっと泣かずに、安心させる笑顔に縋りつくしかなかった人の顔さえ。
(何も恩返し出来ずに……私は……!)
フラッと消えゆく、フラットな視界で。
一瞬見えた自身の親指の爪を見て。
『だったら私はこうやって、何度でもライお兄さんを受け止めます』
上空何千メートルからのダイブの際に誓った言葉だけを掴み!
(いやだ! 私は、まだ何もライお兄さんを受け止めていない!!!)
生爪を剥がした。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「何ぃっ!?」
悲鳴を上げながら抗うトゥルーに、パチが驚愕する。
口からポロリと零れる生爪。
激痛を頼りに、何があっても眠らないと言わんばかりの荒い怒気を孕んだ吐息。
拷問をされた様に赤黒くなった左親指を掴みながら、決して自分の意志が消えない瞳でパチを睨み続けている。
「そんな……痛みで揉み消した!?」
「……絶対に操られてたまるか……!」
「くそっ!
「くっ、うあああああああああ!!」
生爪の剥がれた部分をわざと触り、激痛でまた催眠から目を覚ます。
実はこの時、トゥルーは意図せずして
催眠魔術は対象が正常な精神状態である事が前提だ。
生爪を剥がされる程の痛覚苛まれ、わざと異常な精神状態に自分を追い込んだ。
大好きな人がいつも代わりに受けていた痛みで、催眠を揉み消したのだ。
更にはいつの間にか頭の中にあった、最悪の唄による光を。
背中に純白の翼を掲げながら、眼前に集約させた。
「
「!?」
三ヶ月前、ライ、レアルと一緒に見た流星群の様な瞬きが放たれる。
ワンテンポの隙があったために、反射的にパチが横に逸れて交わされるも、さりとて古代を破壊し尽くした天使の魔力。
衝撃波だけで診療所の壁が飛び、さらに近くにいたパチの右腕が焼かれ、潰れ、そして失せていく。
「ぎゃあああああ!? また、また僕のうで、腕がああああ!?」
結果両腕を失ってしまい、悲嘆に暮れるパチに決して折れない戦意に満ちた目を向けるトゥルー。
「お前達……みたいなのがいるから……ライお兄さんはずっと傷ついてばかりなんじゃないか……っ!」
「そんな……自分の爪を剥がして、そんな痛みを受けてまで……僕を見てくれないというのか……!」
「ライお兄さんは……もっと傷ついてる! それが真実だっ!」
ずっと自分達の前でボロボロになって、痛みが無いことを言い事に傷ついてきて、今まさに生死の境をさまよっている世界で一番大事な背中は忘れない。
今度は背中を見るんじゃなくて、前で彼を傷つけるんじゃなくて、横に並ぶ。
そう決意したトゥルーは、自分が傷ついてでもその未来を叶えんと目を光らせる。
「これ以上ライお兄さんを傷つけさせない……! 帝国には行かない! そんな未来に絶対させない!」
「くそ、くそくそぉ!!」
パチが跳び跳ねながら逃げていく。かなり足が速い。
まずい、とトゥルーは眼で追うも世界は暗闇。
更には左手親指の爪を剥がした痛みに苛まれ、これ以上行動が出来ない。
万事休すかと思ったと同時、トゥルーの横をもう一つの疾風が駆け抜けていた。
「くそ! なんでだ! なんで僕をどいつもこいつも見てくれない!」
――恨み言と、足音を頼りに背まで追い付く。
幾ら早いとはいえ、“彼女”にとってはこの街の至る所は目を瞑っても走れる。
いくらパチが他人に戦わせ、自分は逃げ足に特化した人間であったとしても。
このモルタヴァで生まれ育ったSランクの韋駄天からすれば、蟻の様に遅い。
「僕を見ろ! 僕と友達になれ! 僕とぼっ……!?」
パチの左胸に、マグマでも触れた様な感覚。
見ると、明らかに心臓を貫通した血まみれの刃。
後ろを振り返ると、遂この前確かに友達になった筈のレアルが柄を握っていた。
「……これで汚名返上はある程度出来たでしょうか」
血で血を拭うみたいで、あまり意味がないかもしれない。
皮肉じみた口調だが、決してその目は初めて人を手に掛けたという後悔の眼ではない。
例え死屍累々を築き上げ手でも、未来を切り開くという決意の熱が明らかに籠っていた。
「レアル……お前……がふっ……この……人殺し」
血反吐を吐きながら、呪詛の様に聞こえたパチの言葉を受け止める。
受け止めた上で、柄を握る手に力を籠める。
「ライは、もっと手を血で染めてるんですよ。それが現実です」
「……ぐぁ……」
「躊躇ったら、私はライに顔向けできません。今トゥルーを守れる姉は、私だけですから!」
刃を引き抜き、胸からも背中からも大量の血渋きが舞う。
その返り血を一身に受けながら、パチの倒れる様を見届ける。
「モルタヴァの未来も、ライの未来も、トゥルーの未来も、全て私が守ります」
「レアルお姉さん……!」
剣についた血を拭い、体についた返り血を拭っていると左手を抑えながらトゥルーが駆けてきた。
トゥルーも眼下で既にこと切れていたパチを見て、全てを察しながらレアルを見る。
「帰ろう。ライお兄さんの所」
「そうですね。ですがまず君の左親指、治すのが先なのですよ」
「そんな事言ったらレアルお姉さんだって、服の返り血まだ拭えていないよ」
少しだけ互いにフッと綻んで、抱きしめ合った。
本当の姉妹の様に。
「後もう少し、未来に向かって頑張りましょう」
「うん……次の流星群は、一か月半後だから」
診療所に戻って来たトゥルーとレアルの下に、一人の看護婦が駆け込んできた。
今度は催眠されていたというオチではなく、明らかに緊急事態を示す態度だった。
「ライ君の容体が急変して……!」
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