第43話 ありがとう、愛してる、おやすみなさい
頭領であるエイトハンドレッドは死亡。
副頭領であるパチは逃走して行方不明。
ならば脱出の最中、他の構成員が襲い掛かってくることも予想できた。
だが結局戦闘にはならなかった。
俺がここまで殺してきた止血山河、死屍累々がつらつらと続くのみ。
殆ど逃げ出してしまったようだ。
結果、床に散らばっているのが肉片とか血塗れのみになっていて、二人には少しきつい地獄絵図だ。
ずっと顔が強張っている。
「ち、治癒されているの……!?」
「と、とにかく早くビートル先生の所へ!」
だから俺の事は大丈夫だって。
二人とも心配性だな。
トゥルーはぶかぶかのローブで裸を纏っている状態なので、裾の部分を俺の風穴にあてて必死に血をこれ以上流すまいとしてくれている。レアルは唄が駄目なら回復魔術なら、と必死に唱えているが結局修復スピードが速まることは無い。
大丈夫、傷口も多分さっきよりも小さくなった。
そしてようやくモルタヴァ内の普通の建物に偽装された建物から出る。
久々の空を見ると、真っ黒だった。
「あー、もう夜か」
と俺が言うと、世界の終わりみたいな顔でレアルとトゥルーが俺の方を見た。
ん? 二人の顔も良く見えない。
「今……まだ昼だよ?」
「そうなのか。地下にいると時間の流れも分からなくなるなぁ」
ずっと薄暗い地下だったから眼がおかしくなったのかなぁ。
そう思っていると物凄い街の人間達が異形な物でも見るかのように群がり始める。
すまないが、避けてもらえないか。
俺達はこれから屋敷に帰って、反省会のミーティングをするんだから。
「どけ! どけ!」
野次馬の中から三人の人間が駆け付けてきた。
ビートルさんに、イリーナさんに、プリンスさん……いやいや、三人とも何て顔しているんですか。
ビートルさん。いつもの男前な顔が青ざめていますよ。
イリーナさん。受付で見る綺麗な顔が台無しですよ。
プリンスさん。男か女か分からない所が魅力なのに。
「皆さんご心配をおかけしました。トゥルーもレアルも見ての通り無事です。ただ二人ともかなりダメージがあって、トゥルーの服を変えたいので、屋敷に……」
「馬っ鹿野郎そんな事よりお前の事だよ!!」
「そんな傷で……自然治癒がどう見ても追いついていないよ……!」
ビートルさんとイリーナさん、何を言っているんですか。
だから俺は、致命傷を受けない限りは自然治癒で……って、あれ?
何だか急に体から力が抜けていく。立っていられない。
俺はまるでベッドに横たわる様に、硬い地面の上へ倒れた。
倒れる時、倒れた後。必死の形相で皆が何を言っているのか分からない。
みんな、どうしたの。
トゥルー、泣かないで。
レアルも、冷静を装うあんたらしくもない。
ああ、それにしても何もない満天の夜空だ。
星が見えないのが違和感だが、まあこんな日もあるよね。
ああ、なんだかこのまま昇って行っちゃいたくなるくらいだ。
やっぱり天国って、空にあるんだろうな。
このまま昇っていったら、テルースに会えるのかな。
……俺には、何にもなかった。
……こんな真空の宇宙の様に、俺は無限に空っぽの嘘つきだった。
エルーシャの横にいる事でしかアイデンティティを保ててなかった嘘つきだった。
だから村から出た時点で、もう俺に生きる理由なんてない筈だった。
ただ毎日を惰性で揺蕩い、雨風を凌いで、いつか訪れる死までの暇つぶしが出来ればそれで幸せだった。
けれど。
「もう何もしゃべらないで!」
「いや喋ってくれ! 意識を保て!」
「あ、ああああ……」
けれど、今俺はもう十分に溢れている。
トゥルーという少女から、世界に居残りたくなっちまうような止めどない真実の優しさを。
レアルという少女から、世界をいつまでも見ていたいと思っちまう現実の素晴らしさを。
ビートルさんからも、イリーナさんからも、プリンスさんからも、沢山のご指導とご鞭撻を頂いた。
俺は嘘塗れの、価値もないも当然の狼少年。
にもかかわらず、こんなにも有り余る色んなものをくれた。
そして今日、俺は二年前に果たせなかったことが出来た。
大好きな少女二人を、やっと助ける事が出来た。
俺は初めて、自分に立てた誓いを果たす事が出来た。
もう満足だ。
何だか眠くなってきた……。
トゥルーは取り返した。もう絶望の未来はやってこないだろう。
レアルだって救い出した。きっと後の事は彼女が何とかしてくれる。
ああ。
やっと、安心して眠れる。
ごめんな。
少しだけ、休みたいんだ。
マーガレットアイスの味も、地方創生も楽しみだけど、少しだけ疲れたみたいだ。
ありがとう。
トゥルー、レアル、愛しているよ。
おやすみなさい。
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