第41話 天使を救う為に、怪物にのみ許されたたった一つの冴えた嘘――転

「二年前の“泥棒の創世はじまり”は失敗だった。素材が良くなかった。人間や魔物。木炭はいくら磨いても木炭だ。救国の剣聖なんてイレギュラーに簡単に打ち破られた」


「失敗って……この世界を、自分の研究所か何かだと勘違いしてるんですか!?」


 声を荒げるレアルにも、一切表情は変えない。

 特に同意も求めない口調で返すエイトハンドレッド。

 

「だから今度は天使を帝国に扱ってもらって、どれくらい世界に影響を与えるかを見る。折角生まれたのだ。自分の投げたサイコロが、どんな目になるか。私はそれが知りたい」


「トゥルーを帝国に売り渡して、二年前の繰り返しをして! ただ自分は傍観するっていうのですか!」


「ああ。投じた石がどんな波紋を立てるか。世界を今度こそ私の歴史うそで埋め尽くしたい」


 まるで貴重な考古学研究でも発見したかのように、初めてエイトハンドレッドが小さく笑った。

 

「狼少年君。君でも良い石になるかもしれなかったな――残念だ」


 トゥルーが俺に向かって綺麗な“唄”を放つ。

 俺はただ魔物の様に、本能でかわす。

 しかし押し寄せる衝撃波が鑢の様に俺の体を削る。

 徐々に忘れかけていた死へと、体が近づいていくのが分かる。

 痛みなんか無くても、良く分かる。

 俺は、最強無敵じゃないんだ。

 

 だったら、二年前にテルースだって死ななかったし。

 エルーシャだってあんな風にならなかった。

 

「きゃあっ!?」


 虚光ハイライトはレアルにも放たれる。

 あんなに姉と慕っていたレアルにも、トゥルーは容赦なく破滅の光を放つ。

 レアルもうまく避けているが、レアルは俺と違って自然治癒も出来なければ肉体能力もSSもない。

 ただ衝撃波だけで、壁に激突するだけで大ダメージだ。


「う……ぐっ……」


「レアル……!」


 遂にレアルも立ち上がれなくなり、俺は再び庇うようにして虚光ハイライトの衝撃波を一身に受けた。


 死ぬのか。

 このまま未来も変える事も出来ず。

 レアルを守る事も出来ず。

 トゥルーを守る事も出来ず。

 

 結局、何物にもなれなかった中途半端。

 こんな事になるなら、こんな未来しか待っていないんなら。

 

 二年前に。

 俺が死んでおけばよかったんだ。

 

「あれ?」


 自分の死を願った途端、何故か頭の中に回路が思い浮かんだ。

 否、自分の死を前提に考えた途端、一つの可能性に気付いた。


「なあ、レアル……さっきあのカプセルは、魔力で心に蓋をするためのものだって言っていたな」


「なのですよ……」


 俺は、レアルに訊いた。

 

「同じ原理で魔力で干渉すれば、“逆”が出来るんじゃないか?」


「……それは……そうですが……」

 

 確かさっきの話では、先程から放っている“虚光ハイライト”は魔力そのものだったという。

 あの瞬間だけトゥルーの中の魔力が、外と繋がっている。

 そして魔力で心が構成されている。その仕組みを突いて、エイトハンドレッドはトゥルーの心を封印し、生物兵器たらしめているのだ。

 

 そして俺は、魔力拳で一つの経験があった。

 それは、魔力を外に放出するという事だ。

 

 

 ああ。

 あった。

 100%じゃないけれど。

 トゥルーを救えるかもしれない、こんな怪物にしか許されないたった一つの冴えたやり方が。

 未来を嘘にできるかもしれない、醜いままで可能なたった一つのギャンブルが。

 

 俺は淡々と、短くそのやり方を説明した。

 

「ライ……ちょっと待ってください……何を考えているんですか!!」


「……ごめん」


「待って、待ってください! そんなやり方――!」



 俺は書置きの手紙を残して去っていくかのように、レアルから離れトゥルーへ突き進んだ。

 先程レアルに話した二つの願いを追憶しながら、まず一発目の“虚光ハイライト”をかわす。

 

『一つ目のお願い。もしこれに失敗したら、君だけでも逃げてくれ。そしてモルタヴァの人間を避難させてくれ』


 そして当然の様に俺に焦点を合わせて、トゥルーは二発目の唄を放とうと光を溜める。

 天使の弱点。それは魔力を溜めるために、一瞬だけ隙が出来るって事。

 知ってるよ。ずっと隣にいたんだから。

 

 そして俺は集まった、未来を駄目にする光をかわすのではなく。

 集約しきった彼女の掌に、俺の胸を預けた。

 “魔法拳の要領で魔力へと変換した、俺の胸”を。

 そして未だ表情の変わらぬトゥルーへ、初めて会った時の様に抱きしめる様に手を回した。


 魔力拳として壊す事しか知らない右手よりも。

 彼女を抱きしめたくてたまらない俺の胸の方が、“自分の心を魔力に変換できる”。

 

「……これはまた、綺麗なことを」

 

 エイトハンドレッドが隣で呟いた。

 聞こえない。聞く気がない。こいつ誰かなんて誰も興味がない。

 

 そして俺の実験結果。

 トゥルーの魔力と、俺の魔力が溶けあった。

 うまくいった。


 “心は魔力によって構成されている”。

 俺はその魔力に、自分の意識と自我、即ち心を挟み込んでいった。

 

 俺の感覚が、光に包まれる。

 ああ、なんて優しくて眩しい、天使を見たような光なんだ。

 だが俺は流されるのではなく、上流に向かって逆流する。

 トゥルーの心って奴に、俺の自我は遂に入り込んだ。

 

 

 

 多分、今俺の胴体は“虚光ハイライト”に貫かれている。

 肉体能力SSが、物理最強が何てざまだ。

 でももう、致命傷なんてどうでも良かった。

 俺は、やっと手に入れた一つの小さな幸せさえ、手から零れなければそれでいい。

 だからどんなふうになっても、トゥルーへの抱擁を解かない。


 トゥルーは俺の全てを受け止めるって言ってくれた。

 だから俺だって、命を懸けてでも受け止めてやる。


 レアル。そんな顔しないで。

 本当にありがとうございました。

 レアルがあの時声をかけてくれなければ、俺とトゥルーは二人だけの閉じた世界にしかいなかった。

 モルタヴァという小さくても最高の世界を見せてくれてありがとう。

 


 後は手筈通りに頼むよ。

 さっき話した、俺の二つ目の願い通りに。

 

『二つ目のお願い。これに成功したら、トゥルーを連れて逃げてくれ。その時、もしかしたら俺はもう――』

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