OUTライ001_『サバイバー症候群』~どの世界にでもあるありふれた病~

「今日、君達二人に来てもらったのは他でもない」


「私もいるわ」


「私もいるわよん」


 ビートルが差した二人は確かに、トゥルーとレアルだったのだが、その席にはイリーナとプリンスもいた。


「ビートル先生。話して下さい。ライに一体何が起きているのか、医者の観点で」


「ああ。あまり精神科は専門じゃないが、知り合いに掛け合いながらようやくつかめたよ」


 ビートルは今回、ライと共に髑髏の天秤を潰している冒険者としてこの四人を招集した訳ではない。

 今回、彼はあくまで医者という経験と知識から離そうとしているのだ。

 

「……君達二人はもしかしたらこう思っているかもしれない。闇ギルドについて、必要以上にライが殺しているのではないかって」


 レアルは頷きかけたが、直ぐに呼吸を整えて返事をした。

 

「ですが、仕方ない範疇とも思っています」


「じゃあレアルは仕方ないで、あそこまで躊躇なく人間を殺せるか?」


 ビートルは見ていた。躊躇いなく、人間の頭を吹き飛ばす様を。

 まるで魔物でも見るような顔で、頭を握りつぶし、体を潰し、命を屠る様を。

 しかも的確に、良く首や心臓を狙いに行く。

 ライの殺意に躊躇が無いのは、ここの五人で共通認識だった。

 

「もう一つ。どうしてライは、あそこまで自分の命を簡単に差し出せるのか。それは果たして、自分が自然治癒する肉体能力SSだからか?」


「違うと思う……」


 トゥルーはビートルの質問に、否定した。

 これまで一緒に過ごしてきた三ヶ月を思い返す。

 

「きっと、肉体能力が凄くなくても、同じことしてたと思う……」


「うん。していたよ」


 トゥルーの回答に頷いたのはイリーナだった。

 

「だって私をワーウルフから庇ったのは、彼が自分の肉体能力を自覚する前だった。


「そうだろう。それには理由がある」


 ビートルは二人の会話に、一つの答えを出した。医者として。


「自分に、価値を感じていないからだ」


「価値……自分はどうなってもいいって事ですか?」


「その通りだ。自分がどうなってもいいから誰でも庇うし、必要とあれば冷酷に殺害する」


「ある意味で投げやりって事ねぇ。うぅん、確かに命の響きを感じないわねぇ」


 プリンスの言う通り、これでは命という概念を持たない魔術生物だ。

 そんな魔術生物になってしまった理由を、ビートルが力説する。


「それには魔術上限病(マジカルリミテッド)とは別の、もう一つ彼を蝕んでいる病気があるからだ」


 そして、ビートルは。

 その病名を言った。

 


「サバイバー症候群。それが彼の、もう一つの病名だ」



「サバ……、な、なんですかそれ……」


「サバイバー症候群。これは自分だけが生き残っちまったという状態を経験した人間に発するPTSD……いわゆるトラウマだ」


「トラウマ……」


 レアルもトゥルーも、そのトラウマの原点に脳内がたどり着いた。

 トゥルーは妹が殺され、姉がおかしくなったという昔話に。

 レアルは泥棒の創世が一体何を世界に振りまいていたのかという事実に。

 

「彼の過去については調べさせてもらったわよ」


 予めビートルから頼まれていたのだろう。

 プリンスが情報屋としての本領を発揮し始めた。


「彼のいた小さな孤児院は、泥棒の創世によって滅ぼされた村にあったの」


「じゃあ、その時にライお兄さんは、同じ孤児院で育った妹の様な存在を……?」


「ええ。その孤児院には当時三人の子供がいた。一人がライ。もう一人がその妹の様な存在。そしてもう一人は、当時は出払ってていなかったけど救国の剣聖」


「おいおいそれは予想外だな……、あの救国の剣聖とも繋がりがあるのかよ」


「どうやら救国の剣聖とライと、そして泥棒の創世に殺された女の子は、孤児院で家族の様に過ごしていたらしいわね」


 話を戻すわよ、とプリンスが枕詞を付ける。

 

「泥棒の創世に襲われ、村の人間は皆殺しに会った……ライただ一人を除いて」


「……私、その詳細を昨日聞きました」


 トゥルーが語ったのは、浴場でライが話した昔話だった。

 昔話で匿名にしてはいるが、ライ自身の物語なのは間違いない。

 泥棒の泥棒の創世に襲われた時、妹を守ろうと逆に返り討ちにした。

 しかし躊躇があって殺しきれず、結果妹が殺される結末に繋がってしまった、と。

 

「納得だな」


 ビートルはトゥルーの話を聞いて、結論を見出したようだった。


「“殺さなければ、大事な人が殺される”。そうやって人を殺すとき、彼の心は一種の変質トランス状態に入るんだろう」


 ライが変質していたのは、肉体だけではなかった。

 妹の様に愛でてきた守りたかった女の子の返り血で、心まで変質を遂げていたのだ。

 

「……前に私に言っていたんだけど」


 イリーナが思い出したかのように話す。

 

「毎日千回傷ついては、千回回復してって……、明らかにおかしいと思ってたけど。それも救国の剣聖エルーシャがやったってこと?」


「そこの経緯まではまだ情報なしね。とはいえ、泥棒の創世の一件が関わっていることは間違いないね」


 トゥルーも、レアルも自分を恥じた。

 ただモザイクの様に過去をぼやかしているライだからこそかもしれないが、まだ彼について何も知らない事を。

 肉体変質という異常中の異常な状態になるまで、致命傷と回復を繰り返された毎日。

 泥棒の創世に、一体何を奪われ、そして失ったのか。

 

 結果彼は人間を辞めざるを得ない肉体を得て、心は人間の肉塊に無痛の精神に進化を遂げてしまった。

 その代償と言わんばかりに、彼は一切の味覚を失っている。

 

「……何か、私達にできることは無いかな!」


「私達に、ライに与えて上げられることは無いんですかね!」


 トゥルーとレアルが立ち上がったのは同時だった。


「自分にはこれだけの価値があるんだよ、生きてていいんだよって分からせたい!」


「一朝一夕にはいかない……だが、何か彼の為にイベントを起こしてあげる分にはいいかもしれないな」


 ビートルも否定はしない。寧ろ協力してやりたい。

 イリーナも同じような顔をして、ライの心の傷を少しでも癒そうとするトゥルーとレアルを見守っていた。

 

「た、例えば、誕生日とか……!」


「私達、あの人の誕生日も知らないんですね」

 

「誕生日なら今日、4月1日よ」


 場が凍り付いた。

 というかこのオカマの情報屋は、なんでそんな個人情報まで握っているんだ、と四人の意識が一致した。

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