第29話 狼少年、髑髏を喰い砕く毎日
髑髏の天秤。
俺は、彼らの隠れ家の一つである廃屋の中にいた。
元々誰かお金持ちが住んでいたような屋敷だったが、数年手入れされていないせいで蜘蛛の巣だらけ……でもない。
明らかに生活の跡がある。
暫く床を叩いていると、地下への道を見つけた。
最早視界零の暗黒の階段を下りていく。
聞こえる聞こえる。
命を金に変換する、欲望のプールに揺蕩う屑の鳴き声が。
隙間から零れる灯りの線。
俺はその扉を蹴破って、中にいた十数人を見る。
黒衣に纏った人間と、スーツを身に纏った人間と、育ちの良さそうな貴族が一人。
その中心には手足を縛られ、口ぐつわをされた獣人のドワーフがいた。
その場にいた全員、俺に視線を集めた。
……プリンスの情報通り。
闇ギルドを捕まえるには、現場を抑えるのが一番容易い。
「こんばんは。髑髏の天秤と、その商売客の皆様」
「“狼少年”……!?」
これもプリンスから聞いた通り、闇ギルドの間で俺の名称は“狼少年”という事になっている。
狼の覆面を被り、ローブで全身を隠しているからだろう。
「情報を喋る親切な人は武器を捨ててその場に伏せて下さい。二度と声を発したくない人は向かってきてください」
貴族風の男が我先にと反対側の出口から出ようとする。
なので俺は隣の壁を蹴って放ち、反対側の出口をへし折って塞いだ。
「いいっ!?」
出口を塞がれた男に向かい、俺は言い放つ。
「尚逃げようとした人については脛の骨へし折って、もう一度同じ質問を繰り返しますのでご認識の程願います」
硬直した髑髏の天秤や、取引相手達の間を普通に歩きながら、最後にこう付け加える。
俺が歩いているのは、命を売られようとしているドワーフだ。
「尚あなた達が取引しようとしている獣人は我々が保護しますので、ご了承願います」
「させるか!」
四方八方から魔術の雨。射線上にドワーフがいる魔術だけ、俺の体で受ける。
焦げたり、裂けたり、砕けたり。しかし皮膚が、というレベル。
ダメージを受けたと感じた時には、もう既に回復している。
「ほ、本当に魔術が効かねえ……!」
9人。魔術を放ち、攻撃した人間。
男性7人。女性2人。残り5人――5人いれば十分か。
「警告はした。恨むなよ」
「へ?」
一番近くにいた黒衣の頭蓋骨を蹴り破る。
次に並んでいた二人の頭蓋骨を掴み、砕く。そのまま振り回し三人の頸椎を直角に折る。
残りの三人はうち一人は女性だったので、柔らかい胴体を貫き即死。
そうしている間に後ろから剣を振って来たので、跳んで水平になり回避して、そのまま一回転して首を吹き飛ばす。
吹き飛んだ首は最後の一人の頭蓋骨ごと中身を巻き散らしながら割れた。
血の気が引いたような連中を見て、もう一度言う。
「情報を喋る親切な人は武器を捨ててその場に伏せて下さい。そうしている限り、今の所危害は加えませんので」
「はっ、てめえみたいなのがいるから! 用心棒も稼ぎに困らないもんだ! おい、出てこい!」
用心棒が出てきた。出てくるの遅くないか? 半分くらい死んでるぞ。
出てきたのはミノタウロス並みに屈強かつ、筋骨隆々の偉丈夫だった。
全身は鋼よりも固い巨大な筋肉の鎧である事を示す様に、上半身は迂闊にも裸だった。
見下ろす形になった用心棒の男は、一度鼻で笑う。
「ふん、これが狼男か。軽く小さいな」
べきべき、と手を鳴らす音。
人間が鳴らせる音じゃない。
「俺は帝国地下魔術格闘技で800勝無敗、魔術を肉体能力の上昇に特化させ、数多の人間の体を砕いてきた! おっと“殺仕合”の前に名乗りは無用! だが冥土の土産に刻んでいけ、俺の名は」
正拳一発。
筋肉で膨らんでいた胸が凹み、背骨が後ろから突き出る。
用心棒の男は血塗れの泡を吹きながら、白目をむいてその場に永遠に倒れた。
今度こそ絶望した、そんな顔をする連中に向かって、最後の確認だ。
「あとは、皆さん。喋ってくれる親切な人でいいんですよね」
「……」
後から入ってきたビートルさんや兵士達に連れられ、青い顔をした髑髏の天秤の構成員は連れられて行く。
「“虫さん”。後はお願いします」
素性が奴らに漏れるとまずいので、呼び方にも気を付ける。
今日は大物だ。いい情報が入るかもしれない。
奴らの本拠地についての情報が、入るかもしれない。
「本当に容赦ないのな……」
ビートルさんは決して前向きではない表情で俺を見つめてきた。
「躊躇っていたら、失うかもしれませんから」
「……」
「理解しないでください。僕がそういう主義で、少数派の人間である事は分かってます」
「あ、あの……」
解放されたドワーフの少年。背は小さく毛深いが、非常に手先が器用で知られる獣人だ。
血塗れの俺を怖がっているのだろうか。ありがとうと言いたそうだが、一線を越えてこれない。
「君が無事でよかった」
「……うぅ」
泣いて、その場で蹲るドワーフの少年の頭を撫でた。
今度は怖がられなかった。
「大丈夫。あの悪い奴らは、俺が潰す」
龍王の討伐から二ヶ月半。
俺は、髑髏の天秤、彼らのほとんどの支部を滅ぼしていた。
“狼少年”として。
屋敷に戻った俺は、夜中という事もあって流石に起きていないだろう、とただいまも言わず玄関を抜けた。
「無礼な、無礼なのですよ。ただいまはどうしたんですか」
「ライお兄さん……お帰り」
起きてたのかい。
俺は少しコケるような素振りをして、テーブルの上に座る彼女達に近づく。
寝間着姿ながら、これまで得た髑髏の天秤に関する情報を整理し、黒板に様々な考察を書いている様だった。
「……奴らの事も結構分かって来たな」
「ええ。それに、ライのおかげで規模はかなり削れてきたと思うのですよ」
黒板には、髑髏の天秤のこれまでの足取りや、要重要構成員について面面と記載されていた。
更にはこれからどの種族を狙うのか、あるいは誰が狙われるのか。これまで構成員から吐かせた情報を基に、レアルが分かりやすく髑髏の天秤とは、について書いてくれていた。
奴らの本アジト、隠れ家も黒板上の地図に至る所に書かれている。
今日、そのうちの一つバツがついた。
「……ライお兄さん。本当にありがとうね。出れない私達の為に……」
「気にするな。こういうのは適材適所だ。トゥルーじゃないと行けない道なら、トゥルーにお願いするつもりだ」
髑髏の天秤に対する任務にはレアルとトゥルーは連れて行っていない。
理由はそれぞれある。
一応身を隠す覆面を被ったとはいえ、トゥルーは髑髏の天秤が血眼になって探す宝箱だ。天使であると分かった時、やつらがどんな行動に出るか分からない。
更には俺が尾行されたりして、トゥルーが屋敷にいる時に襲われた時の事を考え、レアルも護衛に置いている。
理由はもう一つある。
トゥルーは、人殺しが出来ない。
俺と会った時、人間に対しての恨みが最大値を超えていたにもかかわらず、誰も殺せなかったのだから。
レアルも、やむを得ず殺すことは出来ると言っているが、実際に殺したことは無い。
「だがこれはトゥルーとレアルが優しいからこそ、だ。何も悪い事じゃない。さっきも言った通り、適材適所だ」
「……不甲斐ないです」
レアルがテーブルで握りこぶしを締めて、そして立ち上がる。
「ですがいざという時は、私も敵を殺します。それが人であれ」
「無理はするな。とはいえトゥルーが襲われた時は、確かにレアルにお願いするしかない」
「……分かりました」
「ありがとう。レアルのおかげで、俺は効率的に動ける」
「ご、ごまかしても騙されんという奴なのですよ」
困った顔になりながら、レアルが目を背ける。
「それからどうか、不必要な殺戮は控えて下さい。私とトゥルーはあなたを嫌いません。ですがあなた自身が、あなたを嫌いになります」
「それは……まあ努力はしているよ」
ライフの下には、色々な情報が届く。
俺の殺害基準が、あまりに緩すぎるという事を。
「だが分かってほしい。闇ギルド相手は、特に髑髏の天秤の様な奴らは――その容赦が命取りになる」
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