SIDE剣聖003_ライの隣にいる肉塊は誰だれだれだれだれだれだれだれ? らい

 先月、流れ星を見た。

 昔は三人で良く願ってたっけ。

 ただある文献で流れ星とは宇宙の塵が燃えているだけなんだって知ってから、夢が覚めたっけ。

 

 でももう一緒に横で見る人はいない。

 妹も、愛した人ももういない。

 

 私の後ろでは、着々と創り上げられていく軍隊があった。

 本当に、“造られた”軍隊だ。

 灰色の翼を広げた、人間ではない存在。どうやら人工天使と呼ぶらしい。

 どうやら天使の成分は15歳前後の子供に根付きやすいらしく、後天的に天使の成分を抽出する事で人工天使となる。

 まだ実践投入ロールアウトは出来ず、研究施設でまだ悲鳴を上げている状態だ。

 まあ確かに人工とはいえ天使が味方につけば、相当心強い。

 

 敵国である王国の僻地に、天使の親子がいたらしい。

 子供の方は生きたまま捕獲して、しかしモルタヴァにて狼少年に奪回された。

 しかし殺された母親の方は別ルートで入手に成功し、天使の成分を抜き取ったのだ。

 

 この天使の成分で魔術兵器も作られており、モルタヴァに差し向けられる予定らしい。

 “法螺吹き”だっけ?

 

「うっ……」


 この事実を知った時、流石に私も引いたわ。

 私達と同じ境遇である孤児を、実験道具にして兵器にする。

 生存権を与えられず、死してなお兵器として利用される。

 

 これ、良心って奴かな。

 胸が痛いよ。

 だって。だって。


 

「って遅いんだよ! 戦場は実験場じゃないんだよ! あそこに私の大事な旦那がいるんだよォ!!」



 あれから一体何ヶ月かかっていると思っているんだ!?

 分かっているのか? ライがいなくなって、ライが行方不明になってもう数ヶ月だ。

 

 このままあなたと会えなくなる。

 その方がずっと怖いじゃん。


 なのに、軍の連中と来たら。

 天使を捕まえる髑髏の天秤が、次々に“狼少年”に倒されてそれどころじゃないから、渋るとか。

 じゃあいつになったらライは救えるのよ!

 

「……エルーシャさん。頼まれてたもの、探してきましたよ」


 私の下を訪れたのは良く使う情報屋だ。

 情報屋が渡してきた二つの記録魔術による“写真”。


「あなたの家族の現在の姿です」


「アホか! アンタ自由に王国と帝国行き来できるんなら、連れ帰って来いよ!」


「ヒヒヒ……私にゃ戦闘力はありません。ただこの記録魔術と、忍んで隠れて逃げる事しか能がない。それが情報屋存続の秘訣で――」


 イラっとしたので剣を一閃した。

 しかし目の前に情報屋はもういない。

 いつもこんな感じだ。逃げに徹されると私でも奴を捕まえるのは出来ない。

 

「ふん、まあいいわ。それより写真……!」


 あの情報屋が置いて行った写真は二枚。

 ライ。

 ライ。

 ライ。

 久々に会えるね。

 写真越しだけど、やっと無事な姿が見れる。

 私は心でときめく何かを必死に抑えながら、ライが無事という事が分かる写真に釘付けになった。

 

 

「は? なにこれ」


 ああ、無事だ。

 しかし二枚の写真に写っていたのは、無事だったライだけじゃなかった。

 何かアイスクリームを一緒に食べてる子供の少女。

 しかも少女が持っているアイスクリームをライが何かいい笑顔で食べてる。

 

 二枚目はなんかどこかのベランダで初等部くらいの女の子と、何故かいい感じになってる。

 ライは気が緩んでいて、いつ誰に襲われても対応できないくらいに油断している。

 

 なにこれ。

 わたしがみたことのない、ひょうじょうばかりしてる。

 いつも、じぶんだけ、つらいみたいなかおしてたのに。

 とちゅうから、ひょうじょう、することすらやめていたのに。

 でもそれも、ぜんぶ、ぜんぶ、きみの、ためだったのに。



「こんのクソアマああああああああああああああ!」


 アイスクリームを持っていた女を何度も刺した。

 魔法剣。写真が溶けながら貫かれていく。

 何回も、何百回も、何千回も、何万回も。


「あんのクソガキいいいいイイイイイイイ!!


 一緒にベランダにいた子供を何度も刺した。

 同じく魔法剣。時間の止まった風景が焦げていく。

 数回でも、数百回でも、数千回でも、数万回でも。

 

 これだけじゃ足りない。

 さっきの奴らの顔は覚えた。

 体つきも覚えた。

 頭の中でも何度も何度も殺した。


 殺しても殺しても、頭の中で勝手に言ってくる。


 ライはもらった。優しくしたらコロリと堕ちた。ざまあみろ、と。


「このぉ、ビッチ、ビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチ――」




 家が壊れた。家が吹き飛んだ。

 まあ、別に家は有るからいいんだけど。

 写真も、ちゃんとライの部分は残っているからいいんだけど。

 

 ライの写真をすりすりしながら、私は何もない夜空を仰いだ。

 

 どうして? 何で分かってくれなかったの?

 私はあなたを失いたくなかっただけなのに。

 というか、何回も言ったわよね。

 それくらい、あなたは私の最後のピース。

 あなたがいなければ、私は完成しないパズル。

 もうテルースもいない私には、あなたがいなければこの世界に何の意味はない。

 

 しかしある程度は想定していた。

 だから、私はライへの憎しみは増えるけれど、殺意は増えない。

 心のグラスで溢れた愛は、まだ溢れたままだ。

 

 だからいつか、あんな風な優しい笑顔を見せてくれるって信じてる。

 今からでもやり直せる。

 早く連れ帰して、早く鍛えて、私の隣であんな顔を見せてもらいながら、戦ってもらわなきゃ。

 そうすれば私達は誰にも負けない。

 誰にも殺されない。

 テルースみたいに、殺されない。

 私達は一緒に、永遠って二文字を手にできる。


「大丈夫だよぉ! 私はねぇ! 許すよ!?」


 許す。

 ライがいない未来なんてありえないから、そんなの嘘だから。

 だからちょっと自分がした事の罪の重さを、何回か指斬り落として回復してもらう事で分かってもらうとして。

 あなたに手を出した女狐の末路を、ちゃんと知ってもらおう。

 

「あーああああああ! あのブス共! ブスのクセに! なんで、なんで! なんでライはあんな顔してんだよぉぉぉぉ!」


 落ち着け私。平常心。明鏡止水。

 よくこの草原で、一緒に遊んだよね。

 鬼ごっこも、かくれんぼも、二人によく勝ってたよね。

 捕まえるよ。

 横の二人、生まれてきたことを後悔させてから、三途の川航海させてからね。


「ああ、でもね。多分この二人、もうそろそろこっち来るよ」


 情報屋。

 まったく気配を感じなかった。

 

 情報屋はシルクハットの下に不敵な笑みを浮かべて。

 私に朗報を齎した。


「動くんだよ、髑髏の天秤が」

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