第26話 発動
龍王は地面や草を操る。
つまり地面で覆われた空洞そのものが、俺の敵だった。
地面に着地すると、蔦の様に変化し伸びる地面が俺を包む。
「ふん!」
ならば払えばいいだけの話だ。
だがその一瞬の隙に、間合いを詰めた龍王の尾が視界一杯に迫る。
もし俺が普通の人間ならば、ミンチになっていただろう。
よかった、怪物になってて。
「捕まえたぞ」
「ぬっ!?」
全身あちこちの骨にひびが入ったのを感じながら、俺は龍王の尾に精一杯抱き着く。
そしてそのまま一回転して逆側の壁まで投げ飛ばす。
衝突部分に亀裂が走り、爆散したように砂ぼこりが舞う。
追撃に、脚力をフルに使い纏う地面を破壊しながら跳ぶ。
「来たか」
だが伸びていた尾が一振りすると、虹色の衝撃波が飛んできた。身をよじらせるが左腕に直撃。左腕の肉がそれなりに抉られ、地面に突き落とされる。
しかし立ち上がる頃には左腕も纏うローブも修復され、おれは飛行する龍王を見る。
「未来を見る力はどうした! さっき俺に尾が掴まれる未来くらい見えたんじゃないか?」
「……」
沈黙のまま、再び地面を操る力。
纏わりつく地面を破壊しながら再び急降下してきた龍王だが、体中に灼熱を纏ってる。
俺はそれを見て一気に距離を取る。
「“縮地”……その領域にまでいくとは」
縮地。エルーシャも使う、音速歩法の事だ。
だが俺は鼻で笑って、否定する。
「あんな綺麗なものじゃねえよ。ただの力で動いているだけの、魔物だ」
「ぬかしおる」
それから俺達は何度も激突する。
俺は何度も衝突するたびに折れて抉れて砕けて千切れて治っていく。
流石に経験豊富かつ知能が素晴らしいだけあって、SSランクだけあって立ち回りが上手いな。
未来視もあるから当然か。
明らかに受けているダメージは俺の方が上だ。だが修復しているのでとんとんだ。
「それにしても貴様、未来が見えているような動きをするな」
「まいったか。人間の学習の賜物だ。古代からあんたは研究されてたんだ」
激突。
しかし今度はお互いに吹き飛ばない。
龍王の顔面にしがみいて、顔を突き合わせる。
「あんたからモルタヴァの街を守りたいって女の子が、ずっとあんたからどうしたら街を守れるかって悩んでた! だから歴史を学んで、現実を見て、未来に活かしてんだよ! これが人間の、レアルの力だ!」
「ならばこれはどうだ?」
口を開いて、レッドドラゴン以上の灼熱光線。
しかし俺はそれを予期していて、龍王の頭上を取る。
右手を命一杯引きながら。
「見えてるか? 今から俺はお前を殴るぞ」
「ぐっ!?」
空間を両断する様な破裂音。
一瞬俺も音が聞こえなくなるほどに、叩きつけた正拳の音はすさまじかった。
龍王はそのまま地面を突き破っていく。勢いが止んだ時には層を突き破り、紅の世界を見せていた。
マグマだ。少なくとも俺は流石に耐えられる気がしない。
だが龍王にとってもマグマは耐えがたいのだろう。翼をはためかせ、水面すれすれを飛ぶ。
「はっきり言おう……我にお前の未来は見えぬ」
「なんだと?」
「お前を通して見る未来が、さっきから変化しすぎてな。成程――確かに貴様なら、未来を変えられるかもしれん」
そりゃあ、不安定な未来だな。
「じゃあ」
「ああ。これで最後だ!」
そのまま一気に上空まで音を置き去りにして飛翔する。
マグマの地下から、誰も届かない彼方の空へ。
太陽を背に、その口に太陽すらも上回る光が集約されていく。
ひりひりと伝わってくる。空気中の元素全てが震えている。
どうやら本当に最後の力って感じだな。
肉体能力SSでも敵うか分からない。
「……じゃあ、俺も最後だ」
一瞬、沈黙。
ごめん。トゥルー。レアル。
使うよ。
ちゃんと約束通り、SSランクで留めるから。
そう頭の中で二人の心配する顔を想像した時には、右手が吹き飛ぶくらいの魔力が躍動していた。
全力の半分。これが俺の約束された、全力だ。
魔力SS。肉体能力SS。その掛け算が織りなす、俺の光。
右手に籠った世界が感じられなくなるほどの力を。
空から降って来た龍王の光線に向かって放つ!
「魔力拳!」
二つの光が衝突したのか、一気に俺に衝撃が帰って来た。
潰される。足元が崩れる。破壊される。何も分からなくなる。
真っ白な世界に、俺は一人、ただ上を目掛けて力を放つしかない。
ふと、テルースの姿が見えた気がした。
こっちにおいで、なのか、こっちにくるななのか分からない手の動き。
どっちにしてもごめん。
俺にはもう、帰る場所があるんだ。
まだ君に、謝りに行けない。
あんな絶望の未来がトゥルーを破壊者にするなら、あんな破滅の未来がレアルを殺すなら。
その先頭で、エルーシャが笑って人を殺す世界なら。
俺はせめて生きている間に、その未来を変えなければならない。
ずっとトゥルーとレアルと、モルタヴァの笑顔が続く未来を作りたい。
だから。
だから。
お願いします、怪物という俺の体。
どうかおれに、みらいを嘘にできるちからを、ください。
「あああああああああああああああああああああ!」
気づけば白い世界は彼方に去って、龍王を包んでいた。
その中から黒煙を纏いながら、一つの龍が落ちていった。
「……そうか。だから貴様は怪物になれたのだな」
マグマへの穴に落ちていく瞬間、そう呟いた気がした。
俺はそんな龍王の尾を左手でつかんだ。
右肩から先を失っていても、これくらいはまだ余裕だった。
「言った筈だ。死ぬなよ、と」
ふ、と龍王から笑い声が聞こえた気がした。
「名をまだ聞いていなかったな。貴様、名は」
「ライだ」
「我の負けだ。ライ。嘘の怪物よ」
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