第25話 「死ぬなよ」怪物と龍王はそう言った。

 突然深海にでも落ちたかのように。突然真空に打ち上げられたかのように。

 一瞬、この空間には何もなくなった。

 全員声を出さず、表情が凍り付いていた。


「手を組め、だと」


 龍王さえも、想定外だったようだ。

 

「成程……俺がこう提案する未来は見えなかったようだな。俺達が未来を見たことで、未来が変わったって所か」


「確かに、我が未来視にはその側面もある。だが、これは異な事を言いよる……」


「何を言っているんですか! ライ! あの龍は! 未来が分からないからって、魔物を差し向けて危うくモルタヴァの街を滅ぼそうとしたんですよ!」


「レアル。悪いがそんなことを言っている場合じゃない。そのモルタヴァを守るために、俺達は龍王と手を組むべきだ」


「それは……!」


 レアルが言い淀んだ。街を滅ぼそうとした恨みよりも、絶望の未来への使命感が勝ったのだろうか。


「俺は龍王の事、色々古代からの資料を見せてもらって、それでも良く分からなかったけれど。でも世界を救いたいって気持ちだけはあると思っている」


「……しかし人間如きでは、世界滅亡レベルの未来を知った所で、何も出来はしない」


「だからあんたの力を貸してくれって言ってんだ」


「……」


 暫く沈黙が続いた。

 その間、じっと龍王は黄金の瞳で俺を見てくる。

 

「お主、しかし世界などどうでも良いと思っているだろう」


「ああ。別にこんな世界滅ぼうが知った事じゃない」


 俺は龍王がいる高台までジャンプする。

 龍王が腕を振れば、俺が吹き飛ぶ間合いだ。

 

「だけど、俺にはもう、その世界の中にあんたが言うちっぽけな守りたいものがあるんだ」


「後ろの子供達の事か」


「もっといる。これからもっと出来る。モルタヴァはそんないい街だ」


「……」


「その為だったら俺は世界を救う。この命を捨てて、モルタヴァや、後ろの二人が守れるんなら……軽いもんだ」


「人間如きが命を懸けたところで、世界は変わらん」


「でも、あんただけでも世界は救えないんだろ。だから絶望して、モルタヴァを破壊をしようとしている」


「……」

 

 沈黙。

 図星をつかれると、人間も天使も精霊も似たようなもんだ。

 

「我にもこの世界に生きる生命として、抗いたい未来がある。未来が見える我に、それが課せられた世界からの使命だと思っている」


 龍王は語る。


「貴様にそれが出来るというのならば、我と戦え。未来を変えられる力を示せ」


「……」


 俺は言い淀んだ。

 

「どうした。怖いのか」


「ああ。怖いな。後ろの二人が死ぬのが怖い」


「人間らしい、弱い部分だ」


「そしてあんたが死ぬのも嫌だ」


「我は貴様らの言う魔物だぞ」


「でもあんたはこうして、俺の話をさっきから聞いている。魔物という括りじゃなくて、一つの生命として対話が出来る」


 だから、龍王の覚悟も分かる。

 自分と戦えという一言に、どれだけの想いが詰め込まれているのかが分かる。

 戦いは避けられない。



「分かった。あんたの全力、俺が受ける――ただし、一対一だ」



「ライお兄さん!?」


「……ライ! 何を言っているんです!」


 後ろの二人が続けて言いたいことは分かる。

 だけど俺はまた、無茶をしたくなった。

 更に俺は龍王につきつける。


「その代わり、それで勝負は終いだ。そしてこの二人には手を出すな! 俺が死んでも、襲わないと誓え!」


「いいだろう……モルタヴァは滅ぼすがな」


「させねえよ。俺が参ったを言わせるからな」


「ふん、矛盾を言いよる」


「――何を勝手に話を進めているんですか! ライ!」


 レアルが下で叫んでくる。

 

「なんで一人で戦うなんて……!」


「ならば誰が傷つけばよいのだ!」


 龍王は黙らせるように、一喝した。


「誰も傷つけない真実が、誰も傷つかない現実がこの世にあるというのか。貴様たち人間が、天使が未来と歴史でそれを証明しているであろう!」


「……でも、私はライお兄さんに傷ついてほしくない」


「大丈夫」


 俺は心の底から心配してくれる、家族の様な二人に心配しないでっていう代わりに言う。

 

「必ず帰る」


 ダン! と。

 俺達とトゥルー達の間を、地面の層が突如分断した。

 俺からはもうトゥルー達の顔が見えなければ、声も聞こえない。

 しかも今の層の厚さは、そう簡単に崩れる者じゃない。


「……あの娘たちには勝手口を用意した。だが層を破って助けに来るとは思わない事だ。精一杯の力で塞いである」


「……」


「これなら貴様も、本気で戦えるだろう?」


「あんた、本当に優しいな」


 俺は改めて龍王から距離を取り、世界で一番強く気高い龍に敬意を持った。


「戦わずに、俺の想い。分かってくれないか」


「変わらぬ。我は人間にあらず精霊なり! 戦士ならば勝って従えてみせよ!」


「俺は戦士じゃない。ただの、人間を辞めた怪物だ」


 俺は龍王に言う。

 龍王は俺に言う。


「やろう、警告はした。死ぬなよ、龍王!」


「いくぞ、忠告はした。死ぬなよ、怪物!」


 俺は跳び、龍王は飛び下りる。

 最初の激突で、音速で俺達は背面の壁へ激突した。

 

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