第24話 火影に群がる蝶が二人。あと龍王
龍王山脈の登山は、一日では終わらない。
モルタヴァからは比較的龍王が位置する山頂は近いものの、どうしても一日山中で寝泊まりする必要がある。
その途上でも、やはり魔物は全て取り除ききれていなかったのか、戦闘もあった。
しかし魔物の大侵攻で主力たるメンバーは倒されたのか、思ったほどの危機はなかった。
途中のSランクの魔物、ワイバーンの急降下が思いのほか高速だったくらいだ。
だが上空に陣取って俺の射程範囲から外れていたレッドドラゴンよりも、とても相性が良い。
急降下に合わせて俺の拳を合わせるだけで、駆逐する事が出来た。
途中、山の天気は崩れやすいという事を思い知らせるように、酷い豪雨が降り注いだのでテントを張って移動を中断した。
大木の傘がある程度空から降る雨を防いでくれるものの、テントを叩く雨音がメトロノームの様な音の連鎖を奏でていた。
「降りやみそうにありませんね……まあ、充分移動できたので明日には着くと思います」
「とりあえず二人の体力を落としたくない。二人は寝ていてくれ。外は俺が警戒する」
と、テントの外に出ようとした俺をがし、と掴む二つの手。
「自分が疲労を感じない体だからって、そうは問屋が卸さないという奴です」
「ビートルさん言ってたよ……、風邪は医者か免疫でしか治せないって」
「だが、トゥルーに察知能力ずっと使ってもらう訳にも行かないだろう」
神経を張り巡らせている訳だから、天使としての察知能力も無限に使える訳じゃないのだ。
特に睡眠を妨げる。そんな状態でトゥルーに龍王と会ってほしくない。
「察知能力を使わなくとも、魔物の襲来を知る術はありますよ」
そう言いながら、ワイヤーを取り出すレアル。
「幸いここは大木に囲まれているのでドラゴンみたいな飛行型の魔物もおいそれと来れません。これを使って、森中にアラートのトラップを仕掛けましょう」
それから俺達は降りしきる大粒の雨に塗れながら、ワイヤートラップを張りめぐらし、再びテントに戻る。
既に暗黒に包まれた夜。俺達は以降外に出ることは無く、明日の決戦に向けて眠りにつくことにした。
「……ライお兄さん」
「ん?」
隣で横になっていたトゥルーが、物憂げな表情で聞いてきた。
「あの……恥ずかしいけれど……腕掴んでいいですか?」
「ああ、いいよ」
許可する前から、俺の左腕を取ると胸に抱き寄せて、額を張り付けた。
いくらか弓の様に張り詰めた顔が和らいだが、あくまで気休めくらいなもので。
どんなに深く抱き着いても、震えが伝わってくる。
痛覚を失った俺の体に、トゥルーの不安が伝わってくる。
すると、反対方向から右手を包み込んでくる感覚があった。
まるで極寒地獄にいる様に、下手すればトゥルーよりも震えている。
「ごめんなさい……こうしないと、眠れなくて……」
「……」
姉を自称しているだけあって、いつも先陣を突き進むように勇猛で、かつなるべく冷静でいるように努めてきたレアル。
しかし一方で、時折見せる女の子らしい部分が、ここに来て如実に出てきた気がする。
この人も、例え経験豊富と言えども怖い時は怖いのだ。
それこそまだ、外見通りの幼さが17歳のパズルに隠れている。
「あんなに昨日予習したのに、全部外れちゃいそうな気がして」
下手すれば俺達と会う前から、龍王についてはきっと調べてきたのだろう。
だからこそ龍王の恐怖を感じ取れてしまう。
SSランクという巨大さと、プリンスや過去の先人たちも捉え切れていない“分からない”という恐怖。
どんなに予習しても、どんなに先回りにしても。
怖くてしょうがないのだ。
「そうなったら、みんなどうなるかって思うと……」
……同じなんだ。みんな失う事が怖いんだ。
そして一番臆病になっている俺が、一番説得力の無いことを言ってみる。
「……それでも、やるべきことはやった。想定しうる可能性は全てインプットし来た」
彼女の手を、強く握り返した。
「自分の研究を信じろよ。俺達は努力するあんたを信じる」
「ライお姉さん、もし駄目だったら逃げればいいよ……その時はまた三人で、作戦組み直そう?」
トゥルーが身を乗り出して発した、安心の言霊にレアルがふっ、と笑った。
「……レアル。お願いがある」
「何でしょう。ライお姉さんが受け止めますよ」
「……“魔力拳”、許可してくれ」
一瞬、場が凍り付いた気がした。
レアルは残念そうに、自分の力の無さが悔しそうに俺の右腕を擦りながら、振り絞る様な声をした。
「許可します。でも、全力であるXランクは駄目です」
「ライお兄さん、SSランクまで、ね」
「あともう一つ。これは二人にお願いだ」
俺は、二つ目のお願いをした。
「龍王と、最初に会話をさせてくれ」
俺達はそのまま眠りについた。
まるで日曜日の家族の様に。
翌日、俺達は遂に山頂に辿り着いた。
山頂から開けていた大空洞を下っていくと、その中心にいた。
魔物というよりも玉座に座る王の様に、俺達を見ても即座に襲い掛かってくることはしない。
大きさは、レッドドラゴンよりも寧ろ小さいくらいだ。
だが気配だけで思わず分かってしまう。察知能力を使ってしまったトゥルーは身震いをした。
黒と金で構成された鱗に包まれた、神々しささえ感じる龍に、俺は問いかけた。
「あんたが、龍王か」
「王を名乗った覚えはない。お前達が勝手に名付けただけだ」
なんとコミュニケーションが取れるのか、とは驚かない。
レアルの予習通り、龍王は人の言葉を知っている。
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