第21話 背中に背負った天使は、翼のように軽かったけれど

「はぁ……はぁ……」


 二人揃って泳げたので、何とか陸地に上がる。

 体がずぶ濡れだが、トゥルーが魔術で乾かしてくれていた。

 

「大丈夫だよ。まず自分の服を乾かしなよ」


「駄目、風邪ひいたらどうするの。ローブを脱いで下さい……」


「そりゃ君も同じでしょうに」


「天使は風邪ひきません……から」


「嘘をつきたいなら、その泳ぐ目を何とかしなさい」


 嘘をつけない子なんだから。

 だがそう言いあっている内に俺の服は乾き終わっていた。

 ローブも乾いた状態で返され、結局俺の服が先に乾き終わった。

 

「あと、あまり乾くまで見ないでくれると助かります……」


「……っと、ごめん」


 彼女も身に着けていたローブを脱ぎ、中の服を晒すわけだが、ぴったりと引っ付いてボディラインが浮き彫りになっていた。

 翼と同じような色の、純白の下着。

 輪郭、レースの模様まで露になっていたので、これは見てはならない。

 何か隠れ巨乳とか聞こえた事あったけど、結構大きいのね。

 俺は息を整えていて……しかしそんな俺の様子を見て、何を思ったのかとんでもないことを聞いてきた。

 

「お兄さんでも、何というか、嫌らしい気持ちって抱くんですね……」


「一応君と2歳しか違わないんでね。失望した?」


 服の乾燥が完了したトゥルーが服から出した顔は、林檎の様に紅潮していて、恥ずかしそうには見えたけれど、何故か嬉しそうでもあった。

 

「どうでしょう……?」


「――いたいた! いたいたなのですよ!」


 レアルとビートルさん達五人が駆け込んできた。

 本当に五人とも無事だ。よかった。


「今何無事だ、よかったみたいな顔してるんですか。心配したのはこっちなんですよ。分かってます?」


「あー、ひゃい」


「分かってもらうまで頬引っ張りの刑です、えいっ……!」


 今度は俺が頬を引っ張られた。

 レアルからも、トゥルーからも。

 やっと頬引っ張りの刑から解放されて、俺は次に確認したかった事を聞いた。

 

「で、魔物達は?」


「殲滅率約90%。十分どころか十全すぎる戦果です」


「あの数なら、後は街で構えてる集団で充分だ」


 二人とも嘘をついている様にも、見逃しがあるようにも見えない。

 俺もここでやっとほっとして、一息付けた。

 

「まあ、帰るまでが討伐依頼だからな。最後まで油断しないで帰るぞ」


 ビートルさんの号令の後で、帰ろうとすると体に何かが寄りかかって来た。

 トゥルーの華奢な体だった。

 

「あれ、どうしたんだろ……ごめんなさい……」


「五発の全力魔術。そして肉体能力SSの人間を抱えての飛行。そりゃそうもなりますよ」


「じゃあ早く帰って布団に入らないとな。風邪ひいたら、医者と免疫にしか治せねえから、面倒くさいぞ?」


 頑張って立とうとするも、少しフラフラになっているトゥルー。

 全力疾走を何キロもした様なものなんだろう。

 膝に手をついて、「ごめんなさい、ちょっとだけ……」と言いながら動けなくなってしまう。

 

「疲れたろ。今日のMVP」


「お兄さん……!」


 だから俺は彼女の前でしゃがみ込んだ。

 

「大丈夫なんて言うなよ?」


「……おんぶって、事ですよね」


「ほれ、甘えちまえ」


「うわっ」


 ビートルさんが躊躇するトゥルーの背中を優しく押したので、俺の背中に結局圧し掛かる。


「うわっ、うわっ、ライお兄さん、私重くないんですか……?」


「肉体能力SSには分からないな」


 慌てるトゥルーは、軽かった。

 羽毛の様に、軽かった。

 折れてしまうくらいに軽いからこそ、だからこそ俺には重い少女だった。

 通ってしまった心の分、重くなる。

 絶対に、守りたいと思う分、重くなる。

 

「っていうか体堅くない? 居心地どうっすか。MVPさん」


「……うん。ライお兄さんの体、こうしてたいです。ずっと」


「ははは、そりゃ嬉しいな」


 俺の顔と、隣り合わせになったトゥルーの頬。

 背中に全て押し付けられた感覚。

 変質した肉体で受け止められる、心臓の鼓動とか呼吸とか匂いとかを感じながら、俺達は役割を終えた戦場を後にした。

 

 

 

 結局。

 街に構えていた兵と冒険者達で、残りの有象無象の魔物達は完全駆逐が出来た。

 しかも驚くべきことに、想定されていた犠牲者の発生も無かった。

 

 それだけをイリーナさんから聞いて、俺達は屋敷に戻った。

 勿論、この件はこれで終わりじゃない。

 まだ、龍王がいる。

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