第20話 羽が無い人間には空に留まる事も、天国の君へ謝りに行く事も出来なくて

 暫く青空を眺めながら、思う。

 今世界で一番天国に近い場所にいる訳だが、まったくテルースに近づいた気がしない。

 どこまで青空に近づけばテルースに会えるのかな。

 レッドドラゴンにどこまで乗せてもらえば、テルースに会えたのかな。

 天国は雲の上ではなくて、青空の向こうにあったんじゃないかな。

 

 あの時泥棒の創世はじまりから、救えなくてごめんね。と。

 お姉さん、守れなくてごめんね。

 どうすれば二つのごめんね、を届けられたのかな。

 会ったら、言えたのかな。

 

 俺の体は回転し、厚い雲が広がる方向へ向かう。

 嘘と真実と現実が隠れた、混沌とした世界だ。

 気流で酷く振動していて、真っ白な景色が酷くブレる。

 雲の形さえ、俺にはよくわからない。

 だが一つだけ分かっているのは、トゥルーも、レアルも、ビートルさんもまだ戦っている事だ。

 

 俺は何をしているんだ?

 早く、早く落ちてくれ。

 空気抵抗は考えないものとして、さっさと落ちてくれ。

 落ちた後の衝撃なんかどうでもいいよ。

 どれくらい傷つくかなんてどうでもいいよ。

 雲、邪魔だ。

 今、下はどうなってるんだよ。

 皆無事なのかよ。

 第二のレッドドラゴンとか現れて、もしかして燃やされてないよな?

 魔物の群れに押されて崖から落ちてないよな?

 

 俺は、寂しくなって叫んだ。

 怖くなって叫んだ。

 返事をして欲しかった。

 

 あの日、横たわって冷たくなるテルースの様に、何も返してくれないのは嫌だ。

 

 嫌だ、嫌だ!

 

「トゥルー!! レアル!! ビートルさん!! 皆! お願いだから返事をしてくれ!!」


 寂しい気流の音しか、俺の耳を塞がない世界。

 しかし。


「――皆無事だよ!」


 トゥルーの声だ。

 どこから、上空何千メートルいる俺に声をかけているのか。

 かくれんぼだ。エルーシャとよくやった奴だ。

 

 しかし、すぐに見つけた。

 真下、ぶ厚い雲の中から、トゥルーが現れたのだ。

 まるで帰りを待っていた家族の様に、白い翼を全開にして。

 

「もう五発撃ったから、来ちゃった……!」


「……」


 俺は突然の再会に言葉も出ないまま、同じ落下速度に調整したトゥルーが真正面から抱きしめる。


「ぐううううううううっ!」


 唸り声を上げながら、自由落下運動が弱まる。

 雲の気流にも負けじと、地面へ近づく速度がどんどん弱まる。


「みんな心配してました……! 一体どこまで飛んじゃったのかって」


「……俺は皆を心配してたよ」


「大丈夫だよ、誰一人欠けてない……ライお兄さん」


 物凄い間近で、天使は優しい笑顔を見せてくれた。

 雲が覆い隠す世界で、俺が知りたい真実を示す様に。

 迷子になった皆を探していたら、迷子になっていたのは自分だと教える様に。

 

「本当に……考え無しです……ライお兄さん」


「……ごめん。俺はやっぱり無茶をする。君達の代わりに、傷つく道を選ぶ」


「だったら私はこうやって、何度でもライお兄さんを受け止めます……最初に会った日、私を助けてくれたように」


 やがて雲の領域を通過し、眼前に現実が広がった時には落下の速度は殆ど殺せていた。

 さっきまでいた崖の上で、五人が両手を広げているのが分かる。

 

「……だめ、速度を殺しきれない」


 確かにこの速度は減速が間に合わない。俺の体が肉体能力SS故に重いのか。


「俺を離せ! トゥルーまで地面に激突する!」


 俺は別にこの速度程度なら、叩きつけられても自然治癒する。だがトゥルーは叩きつけられたら死ぬかもしれない。

 だがトゥルーは諦めていないようで、何かないかと周りを見渡す。

 そして目が留まった先は、魔物達の群れからかなり離れた池だった。

 

「今言った筈です! 私はライお兄さんを、受け止めるって! いくら自然治癒するからって、特別扱いしない!」

 

 速度は殺しきれないが、落ちる方向は無理矢理捻じ曲げられる。

 そして、彼女の狙い通り。

 少し広くて深い池。その中心に俺達二人は落ちた。

 多分、特異変質していなくても、痛いとは思わない様な水面との激突だった。

 

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