第19話 「ありがとう」と「すまねえ」

 後ろで二回目の終末があった。

 トゥルーから放たれた光線が、明らかに魔物達の群れを灼熱で溶かしていく。

 俺達はそれを見る暇はない。

 魔物達も必死で、天使の首を狩ろうと爪を牙を向けてくる。

 

 だが俺達がさせない。

 妹を、殺そうとするやつらは俺達が殺す。

 警告する気もない。全部その手を払う。

 

「ベギョ!?」


 ゴブリンの棍棒をかわしつつ、一体は足で頭蓋を踏み潰し、一体は頭を鷲掴みにして潰す。

 そして鷲掴みにした方のゴブリンを振り回して、第二陣のワーウルフ達を薙ぎ倒す。

 更に次の巨大吸血蝙蝠ビックバッド三体。

 俺は飛べないので、代わりに手で握っていたゴブリンを投げて一体墜落。

 更に足で潰していたゴブリンから棍棒を拾い投擲して一体撲殺。

 もう一体……はレアルが剣で魔術を放ち、真空派で真っ二つにされていた。

 

「相変わらず野性味しかない殺し方ですね!」


「一ヶ月も一緒にやってんだ。そろそろ諦めてくれよ」


「あなたがお姉さんって言うまで諦めませんよ!」


 無駄口を一瞬の休憩にして、次にやって来た魔物達へ対応する。

 殴って蹴って薙ぎ払って引き抜いて潰す。

 ローブに返り血を浴びる俺とは対照的に、レアルは相変わらず無駄のない優等生の様な動きで返り血すら浴びない。

 

 三回目の砲弾が後ろで離れた辺りから、トゥルーの息が切れ始める。

 

「トゥルー! 知ってるからな! その魔術は短時間で五発連射が限界だって!」


「……うん。後二発は頑張らせて」


 トゥルー、頑張りたいだけ頑張れ。

 背中は俺達が絶対通さないから。

 だが無理はさせない。この一ヶ月でお互いの限界も良く分かって来た。

 

 そして俺もレアルもトゥルーも、もう一つだけ注視しないといけないポイントがあった。

 トゥルーが先端に立つ、断崖。

 剃り立つ造りになっており、魔物達もそう簡単には昇ってこれない。

 しかもかなり高い。魔物が飛来してくるよりも、トゥルーが察知してレアルが魔術で迎撃する方が早いと踏んでいた。

 

「あ、一体飛んで……速い!」


「!?」


 俺とレアルが一瞬だけ崖の方向を見ると、巨大な影が迫ってきていた。

 速い。俺とレアルが見た時にはもう眼前だ。

 明らかにトゥルーの察知して言葉を投げた短時間。

 それだけの時間で、充分な間合いまで詰めてきた。

 

 理由は、龍だから。

 深紅のドラゴンは、開いた顎を見せびらかしながらトゥルー目掛けて飛んでくる。


「龍王!? あぶねぇ!」


「きゃっ!?」


 ドラゴンは開いた口にお返しと言わんばかりの灼熱の光を溜めている。

 俺は四回目の魔法陣を展開しかけていたトゥルーを抱きかかえてその場に転がる。

 そうでなければ空に消えていった火球はトゥルーを消滅させていただろう。

 

 俺達の眼前を通り抜けて上空に位置したドラゴンに、レアルが魔法剣の真空派を飛ばす。

 腹に直撃はしたものの、さっきのビッグバッドの様に両断されない。せいぜい少し肉を斬ったくらいだ。

 

「さっすがレッドドラゴン……SSとSの中間に位置するだけはありますね」


「あれ? 龍王じゃないのか!?」


「龍王とはタイプが違います! あれはレッドドラゴンです……向こうも奥の手引っ張り出してきましたか!」


 レッドドラゴン。龍王山脈で龍王に次ぐNo.2の魔物だ。

 だがプリンスすら動向が掴めず、中々冒険者ギルドの依頼に上がらなかった紅の龍だ。

 龍王が意図してこの時の為に隠してきたのだろう。

 

「ちっ、手数が足りねえ……」


 迫ってくる魔物達を対処しながらも、龍王が放つ炎が俺達の動きを制限させる。

 トゥルーが当たらないように振舞っていると、四発目以降が放てない。

 レッドドラゴンまで届けば戦いようがあるのに、あくまで上空に位置し続ける気だ。

 届くのはレアルの魔術くらいだが、翼目掛けて魔術を放っている暇もない。下の魔物が邪魔だ。

 

「十分な戦果です! 一旦引きましょう!」


「……そうだな」


 だが逃げるにしても、レッドドラゴンに補足された状態では難易度が上がる。

 こうなったら俺を囮にして……。


「――折角ならもっと行ってみろよ!」


 人間の声。

 その瞬間、俺達に襲い掛かってきた魔物が両断されたり、魔法で穿たれて吹き飛んでいく。

 

「ビートルさん!?」


「おう、ビートルズだ! 今度は貸し造りに来たぞ!」


 レッドバッファローの時とは逆で。

 今度はビートルさん達四人が、駆け付けていた。


「ビートルさん、どうして……」


「イリーナさんに聞いたんだ! 水臭いんだよ若いくせに!」


 七人で魔物達に対応しながら、ビートルさんが強い声を発する。

 

「天使だなんだ、秘密にしたいんなら吹聴しねえって!」


「ビートル氏の口の堅さは正直意味深」


個人情報カルテペラペラ喋るようじゃ医者やってねえよ!」


 ビートルさん達の仲間達の間で一瞬談笑があったが即時キャンセル。

 空から降ってくるレッドドラゴンの炎を全力でかわす。


「どっちにしろ空にあんなのがいちゃ、逃げるのも難しいだろ! トゥルーは俺達に任せてあの紅い龍なんとかしてくれよ! SSランクパーティー!」


 ビートルさん達の提案に、トゥルーを見る。

 私なら大丈夫だよ、という安心した目があった。

 俺達以外にあの子を預ける事に俺が恐怖心があった。

 だがビートルさんの絶対に守るという、真っすぐな目も信じられた。

 だからこそ。

 

「やりましょう。ライ。確かに後二発トゥルーに放ってもらえば、もう向こうの軍勢は壊滅的です」


 というレアルの後押しがあって、俺も覚悟って奴を決めた。

 

「お願いします」


 残りの魔物をビートルさんに任せて、トゥルーは魔物の軍勢に向かって再び魔法陣を練り始める。

 俺とレアルはレッドドラゴンに対峙する。

 

「レアル。何とかレッドドラゴンを俺が届く高さまで落としてくれ」


「張り付く気ですか?」


「出来るか?」


「舐めてるんですか。これでもSランクですよ、私は」


 レアルが魔法剣に一層魔法陣を込める。

 これまで見た中で、より魔力が剣に宿っているのが分かる。

 

「妹が息切らして頑張ってるのに、私が全力を出さない訳にも行きませんね……!」


 しかしレッドドラゴンもその溜めを待つほど優しくはない。

 再び口から巨大な火球を俺達に向かって放つ。

 

「気にすんな!」


 避けようと魔法剣の発動をキャンセルしようとしていたレアルに向かって一喝。

 視界に二つ太陽。内一つはレッドドラゴンが放った火球。

 その火球に、俺から向かっていく。

 

 痛くない。

 熱くない。

 体全体が焦げていくが、それだけで済む。

 

「って大火傷じゃないですか!」


「あ、そう?」


「だからいのちをだいじに、しなさすぎ問題なんです……よっ!」


 俺が着地すると同時に結果、特大の規模の魔法剣が、巨大な飛来する一閃を弾き出す。

 レッドドラゴンに直撃し、また両断こそは出来なかったもののダメージになったのか、バランスを崩して落ちてくる。

 

「じゃあ後、トゥルー側に加勢頼んだ!」


 レアルが何か言うが、もう聞くだけの余裕がない。

 バランスを立て直したレッドドラゴンに再び飛翔されては面倒だ。

 その前に最上級ランク判定された脚力を解放する。

 

 跳ぶ。

 

 そして張り付きがてら、勢いのままに全力の正拳で突く。

 

「グガァ!」


 相当窪みが出来たレッドドラゴンの背中。

 だがまだ仕留めきれていないようで、必死に俺を落とそうと上空へ飛びながらも回転する。

 落ちたら面倒だ。ここで完全に仕留める。

 

「警告抜きでお前を殺す。恨んでもいい」


 勿論覚悟は出来ているのだろうけど、声も分からないのだろうけど、そういえば許されるような気がした。

 しかししがみ付くのに必死で、攻撃どころではない。

 既に俺とレッドドラゴンは厚い雲を超え、群青が広がる世界へ到達していた。

 

 本で読んだ通りだ。上空は寒いんだな。何も感じないけど。

 本で読んだ通りだ。上空は気流が凄い。何も感じないけど。

 本で読んだ通りだ。雲の上に乗ることは出来ない。何も感じないけど。

 

 本で読んだ通りだ。

 青空が、こんなに綺麗に見えるなんて。凄い感じる。

 

 本で読んだ通りだ。

 ここに天国は存在しない。テルースにも会えない。本当に悲しい。

 

「ありがとよ、色々教えてくれて」


 俺は一つの行動に出ていた。

 攻撃どころではないが、しがみ付いて移動するだけなら問題はない。

 だったらそのまま首まで蜘蛛の様に移動する。

 

 そして。

 首の部分をがっしりと捕まえる。

 肉体能力SSの力を解放する。

 

「すまねえ」


 ごき、と。

 レッドドラゴンの首の骨が折れた時点で、既に上空一万メートルに位置していた。

 待ち受けていたのは、レッドドラゴンの遺体と仲良く自由落下する事だった。

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