第18話 戦争開始
森の中を駆け、俺達が遂に見つけた絶好のポイント。
戦場となる地点から数キロ離れた断崖、そこから魔物達の群れが観測できる。
まるで甘いものに群がる様にうじゃうじゃと蠢く蟻のようだが、一体一体は人を簡単に仕留められる化物揃いだ。
人類の敵は、しかもこちらに向かって進軍してきている。
魔物にしてはゆったりとだが、しかし確実に動いているのが分かる。
正直見ているだけで気持ち悪かったのか、トゥルーが苦虫を擦りつぶした顔になっていた。
「あ、あんなにいるんだね……」
数を聞いただけでは、想像は出来ないものだ。
俺も目で見た『五千』という数字に正直、驚いている。
「……私、倒せるかな。あれだけの数」
「全部倒す必要はないさ。気負うな」
トゥルーは自分にこの作戦が掛かってると気負い過ぎて、道中張り詰めた顔をしていた。
今も変わらない。硬い肩から緊張が抜けていない。
まだ冒険を一緒に初めて一ヶ月。
更に一ヶ月くらい前までは、戦闘とは無縁の平和で静かな世界にいたのだ。
たった一ヶ月という期間で、誰よりも優しいこの女の子が今世界で一番危険な戦場の最前線にいる。
なら、それを解してやるのは俺達の役割だ。
「トゥルーがやれるだけ、やれればいいんだよ」
「ライお兄さん……でも、ここで沢山倒しておかないと街の人たち、死んじゃうかもしれないんだよ?」
「トゥルー……人間、本当に好きになったんだな」
でもこうして思い悩むのは、一ヶ月前のトゥルーでは考えられなかった。
自分の両親を殺した人間へ憎しみ、恐怖でいっぱいで、俺やレアルの腕から離れなかった時期からは考えられない成長だ。
今ではイリーナさん、ビートルさん、プリンスさん(は今でも俺含め若干引き気味だが)等と普通に会話が出来ている。
何というか、巣立ちの準備が出来ていて俺としてはうれしい。
「もし思ったより倒せていなかったら、その時は魔術師部隊が足止めしている所を俺達で背中から討つ。そうだろ」
「ええ。その時は三人で命一杯体を動かすっていう奴なのですよ」
レアルが一番場慣れしているのか、もう準備運動をしている。
一頻り体を伸ばし終わったレアルがトゥルーに近づくと、彼女の左頬をぐにぃ、と引っ張る。
「まったくもう、まったくもうなのですよ。何自分一人に世界の命運がかかってるみたいな顔をしているんですか」
「
俺もトゥルーの右頬を引っ張る。
うわ、柔らかい。しかし変な顔で、面白いな。
「まずは今最前線にいる自分の心配をしようぜ」
「
ぱちん、と手を離すとトゥルーが頬を擦る姿が、少しばかりいつものトゥルーに戻りつつあった。
「じゃあ、トゥルー。お願いします」
「うん、分かった」
トゥルーが断崖の一番先端に立ち、すぅ、と深く呼吸する。
途端、彼女の眼前に紅の魔法陣が大きく展開される。炎を超えた太陽の光線の魔法陣だ。
「行きます!」
トゥルーの純白の翼が展開された。
同時。
一筋の光が丁度魔物中心を分断するように走った。
遅れて蠢く黒い世界に、緋色の爆炎が連鎖的に線をなぞっていく。
太鼓の様な心臓を破裂させん爆音が聞こえたのは、更に三秒後だった。
「ジャストですね……かなり減りましたよ!」
双眼鏡で様子を見ていたレアルが、明らかに想定以上という声を出す。
「どれくらいだ?」
「正確な数は分かりかねますが、確実に百単位で被害を与えています。千体いったかもしれません」
双眼鏡で見ずとも、魔物達の全体な動きに乱れが生じているのが分かる。
「初撃は完全に成功だな。やったじゃないか、トゥルー」
「で、で、でもまだです……二発目です!」
分断された魔物達の内、左側の方が残存数が多いと見たのか今度は魔法陣の方向を若干左側に調整する。
だがここで、トゥルーの眼がぴく、と動く。
「明らかに群れから離れてこっちに向かってる魔物がいます!」
「来たか」
想像はしていたことだ。
統率が取れているなら、イレギュラーに対しても対処するように龍王が支配しているのかもしれない。
だからトゥルーには、辺りの察知も同時に行わせていた。
「さあ、私とライはここからが忙しいですよ」
「だな」
「それでそれでなのですよ。トゥルー、数は?」
「68……四時と八時の方向からそれぞれ!」
その瞬間、緑の小鬼、ゴブリンが草陰から出現した。
四体。更に後ろに別の魔物の影も見える。
「じゃあ問題ないな。構わず続けてくれ」
「ここは一切通しませんので」
内二体は俺が潰した。
内二体はレアルに貫かれた。
後ろは崖によって守られている。
飛行生物が現れる可能性もあるが、まずは前方の敵だ。
トゥルーには指一本触れさせない。
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