第22話 龍王決戦前休日の夜

 疲労度を考え、龍王討伐は二日後という事になった。

 勿論それまで依頼はこなさず、体を休める……という事なのだが、朝起きたらレアルは既にいなかった。

 メイドに聞くと、朝早くに調べたい事があると出て行ってしまったとの事。

 休むってなんだっけ。

 

「あれ? ライお兄さんもどこかいくの?」


 じっとしているのが苦手な性分なので、モルタヴァの街を散歩しようかと思ったのでトゥルーを誘う事にした。

 というか、もしトゥルーが来ないなら散策はしない。

 レアルもいない状況で、俺はまだトゥルーを一人にする事が出来ない。

 

 俺には龍王なんてわかりやすい生き物より。

 髑髏の天秤なんてわからない人攫いの方がずっと怖いから。

 闇ギルドは、一体いつ襲ってくるか分からない。だから闇なんだ。


「いいよ! ちょっと待っててね……!」


 トゥルーはいつも誘うと基本嬉しそうな態度を隠せないまま、すぐに準備してくれる。

 今日はしかし特段に嬉しそうだな。

 

 一ヶ月も経つと、モルタヴァの街にも見慣れた場所が出てくる。

 基本的に闇ギルドを気にして路地裏にいかないようにして、広場のみに散歩場所は限定しがちなせいもあるかもしれないが。

 

 しかし今日は人が多いな。

 魔物の大軍勢を追い払ったという事で、半分祭り状態になっているらしいな。


「ライお兄さん」


「どうした?」


 人込みはまだ苦手なトゥルー。

 少しタイミングミスったかな、と思っているとこんな提案をしてきた。


「人がいっぱいいるから……その、手をつないでいい……?」


「……ああ、いいよ」


 と、差し出された手をつないだ。

 するとまるで全身から草花が生い茂った様に、僅かに浮き上がって、そして紅潮した顔になる。

 前まで腕に良くしがみ付いていたのに、何が違うんだろう。

 トゥルーだからそういう顔をされるって分かってたけれど、俺まで照れるから難しい。

 

 暫く歩いていると、それなりに並んでいた店の前でトゥルーが反応した。

 

「あれ、レアルお姉さんがオススメって言ってた、モルタヴァ特産のマーガレットアイスなんだって」


「マーガレット?」


「勿論お花を使ってるとかじゃなくてね、オレンジとバニラを合わせたアイスで、マーガレットに見えるかららしくて……」


「食べたいの?」


「もし買ったら、お兄さんは食べる……?」


 買いたい。って顔をしている。嘘をつけない子だ。

 同時に申し訳ないって顔をしている。嘘をつけない子だ。

 

「だってお兄さん、味を感じないから……」


「俺の事は気にするな。トゥルーが食べたいものを食べな」


「……ありがとう」


 一緒に並んで、一つのアイスを買った。

 成程、確かにマーガレットだ。コーンの形を良く工夫している。

 

「うーん、美味しい……!」


 本当に美味しそうだ。ベンチに座りながらばたばたする足が可愛い。

 だけど二口、三口食べた辺りで、物憂げな表情になって、ぽろりと本音を漏らしてくれた。


「いつかお兄さんと、このアイスを一緒に味わえる日が来るといいな……」


「じゃあ一口いいかな」


「えっ……う、うん」


 一瞬躊躇があったが、マーガレットアイスを差し出され、一口だけ頂いた。

 雪解けの氷水の様な感触を口の中に感じながら、中々赤くなったトゥルーの頬を見る。

 今赤くなっているか分からない自分の頬をかきながら、精一杯の笑顔で言って見せた。

 

「うん、甘いね。オレンジ味が濃いから、人の記憶に残りやすいのかな」


 ふふ、とトゥルーから小さな笑い声が聞こえる。


「ライお兄さん、ここのオレンジはどっちかっていうとバニラが濃いんだよ」


「へぇ、そうなんだ。冷たすぎて分からなかったかな」


「でもありがとう。一緒に食べたかったんだ、ここのアイス」


 コーンまで食べきった後、僕はトゥルーの手を引いて人の隙間を通り抜けた。

 途中、何個か店を回ったりして、昨日の激戦が嘘の様に俺達は会話と日常を楽しんだ。

 

 そして帰る頃になって、こんな会話があった。


「ビートルさん、お兄さんの味覚障害、治してくれないかな」


「分からないな。心の問題だしね。地元の医者にもそう言われた」


「……“泥棒の創世はじまり”のせい?」


「ううん、僕が勝手になっただけだよ」


「じゃあ一緒に治し方、考えよう……!」


 屋敷の前で、繋いでいた手を両手でぎゅっと握り締めた。


「それで、お兄さんはいつか治って、ちゃんとさっきのマーガレットアイスを食べて、今度こそオレンジとバニラどっちが濃いか判断するの」


 真っすぐすぎて、思わず目を逸らしてしまった。

 そうしたら逸らした方向に回り込まれた。

 

「俺も、ちゃんと味わいたいな」


「でしょ!」


「でも俺鼻は正常だから、オレンジ風味強かった気がするけどなぁ」


「味覚が戻ったら、きっとそんな事言えなくなるよ」


「そうかな」


「きっと、そうだよ」


 屋敷は俺達を飲み込むように、後ろで扉を閉じた。

 今日もトゥルーに何もなくてよかった。

 それ以外の何かを考える事が出来た日だった。

 

 

「あれ? レアル。今帰ったのか」


「ただいまです」


 夜になった。

 帰ったレアルが取り出したのは、沢山の資料だった。

 龍王に関する、あらゆる情報だった。


 資料はどれも、龍王についての伝承だった。

 そもそも龍王は精霊と呼ばれる特殊な存在であり、かつてはこの辺り一帯の神として崇め奉られた存在らしい。

 生命の概念も異常で、基本的に不老であり何億年生きているのかも定かではない。

 死という概念があるのかさえ怪しい。一説によれば何度も転生を繰り返せる存在ともいわれている。

 それくらいに龍王は諸説ありの魔物なのだ。SSランクの魔物は伊達じゃない。

 それにしても、と俺はレアルに訊く。

 

「休むんじゃなかったのか?」


「私にはこんな情報収集如き、働いているに入りません」


「だったらなんで俺らを誘わなかった」


「プリンスにヒアリングしたり、モルタヴァの図書館から必要な情報を持っていくだけなら、私一人で充分ですよ」


 自発的に動かないこちらを咎める眼ではなく、自分の役割としてそれが当たり前と思って居る眼だ。

 しかも、こんなことまで言ってくる。


「それよりも、良く休めましたか」


「ああ、さっきまでトゥルーと散策に行っていた」


「ほうほう、ほうほうなのですよ。義理の妹とデートですか、萌えさせてくれるって奴ですね」


「さっき部屋に行ったら、幸せそうに寝てたよ」


「どうやら手慣れている様子。恋人でもいましたか、地元に」


「まあ、いたな」


「……踏み入り過ぎました。失礼いたしました」


「いやいや。事実だもんな」


 読書用の眼鏡を掛けながら、少しヒートアップした事を謝罪すると資料を見て何かを手元のノートに書き始めた。

 確かに俺も資料を数枚見たが、古代言語などが多くて分からない。

 確かに魔術学院を卒業し、その手の知識に長けたレアルじゃないと難しい役割だ。

 だが俺はその場を離れる事をしない。


 資料から読み取れたことがレアルが呟き、それを俺が学ぶ。

 しかし俺もまだ読める部分があれば、俺も必死にインプットする。

 例えば現代語に読み替えた文書から、龍王の生物名が“セクレトドラゴン”である事だったり。

 人間の姿にも見えるという伝承があったり。

 何より、可能性のある攻撃手法だったり。

 

「龍王は未来が見えるそうです」


「未来?」


 ノートに必死につらつらとペンを走らせながら、その途中経過を俺に伝えてくる。


「どれくらいの精度で、どれくらい範囲、遠くの未来を見ているのかまでは分かりません」


「だとしたら俺達が来ることも、予見済みなんだろうな」


「でしょうね。私達が怖くなって尻尾巻いて逃げなければ」


「しかしつまり、俺達の攻撃が予知されて、かわされたり防御されたりとかも考えられる訳か」


「訳なのですよ。未来予知をしてもかわせない速度や範囲魔術が必要です」


「だが昨日のレッドドラゴンでもSより上ってレベルだ。レアルの魔法剣でも致命的なダメージにはならなかったと考えると、SSの龍王は防御力もすさまじいんじゃないか?」


「ええ。悔しいですが私の魔術では牽制にしかなりません。決定打はトゥルーの全力の魔術か、あなたの肉体能力にかけるしかないでしょう」


「だがどうやら口から炎を出すとか、そういうのだけじゃなさそうだな……」


 レアルの分析過程を手に取って、あらゆる攻撃の可能性を目で追っていく。

 あたりの地面、木々を操る力。

 尻尾からも魔法剣の真空派のようなものを出す力。

 あまりに多彩で、あまりに危険な可能性だ。

 

 俺はこんな怪物から、二人を守れるのか。


「……私のパーティーに入ってから、あなたには傷ついてばかりもらってしまいました」


 突然レアルがこんな事を言いだしてきた。

 謝罪とも取れる言いっぷりに、俺は小さく出鼻で笑って返す。

 

「それが俺の権利なんだ。なら行使するまでだよ」

 

「この一か月間。場面によっては、それ以外に道が無かった事も多々ありました」


 ペンの手が止まったレアル。


「この一ヶ月、本当に思っていたのですよ。ただの一回の人間でしかない私はどうすれば、あなたとトゥルーが傷つかずに済む戦い方が出来るか。どうすれば私は、Sランク何て些細な力しか持っていない状態で、あなた達を助けられるか」


 ペンを置き、まるで宣言するようにレアルは言った。

 

「……今のところは、こうやって地道に可能性を見出していくしかないと思っています。それで作戦を立てて、あなた達が傷つかない道を選択する。それが私の役割だと思っています」


「……俺達が傷つかない」


「そうです。私はあなた達に力を借りてる側です。なのにあなた達ばかり傷つくのはおかしいという奴です」


「レアル」


 その言葉の続きは言わせたくなかった。

 何だかレアルが一人になりそうな気がしたからだ。


「俺もトゥルーも、この街にそろそろ思い出が出来てきた頃だ。もうこの街を守りたいのはあんただけじゃないんだよ。寂しい事言うなよ」


「俺達三人の目的は一緒だ。この街を守って、そして帰ってこよう」


 ずっと張り詰めていたレアルの周りの空気が、緩んだ。

 そんな気がした。


「……はい。わかりました」


 俺達はその後も、龍王についての分析を続けた。

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