第16話 「基本、“魔力拳”は使用禁止です」

 昨日の深夜、俺が放った魔術については、トゥルー、レアル、そしてビートルさん以外に目撃者はいなかった。

 爆音がして目が覚めて、惨状を見て、かつ突然若草が生い茂ったのを見た人はいたそうだが、“宇宙から生命効果のある隕石が降って来た”でレアルが上手く事を済ませてくれた。


「一応、昨日君が放った魔力の暴走――“魔力拳まりょくけん”とでも命名しましょうか。分析を一応します」


 屋敷の広場の黒板に、チョークで書きながらレアルが示す。


「あなたの感覚値ですが、半分くらいの魔力をつぎ込みました。あれは極大魔術レベルで“SS”ランク以上ですが、一応SSランクレベルの範囲と定義しましょう」


 半分……SSという紐づけが、黒板になされた。

 更には括弧付きで、極大魔術レベルとも書かれている。


「全力を出したら、やはりXランクか」


「Xランクの魔術を見たことは無いですが、恐らくそうですね。極大魔術より高位なんて、私聞いた事ないですが」


 全力……Xという紐づけが、黒板になされた。


「はっきり言って、全力の魔力拳がどれだけの威力と規模になるかは筆舌に尽くしがたいという奴です。ですが昨日の半分で森が吹っ飛んだのを見ると、全力……Xランクの魔力拳は山一つ吹き飛ばすレベルだと思います」


 勿論そんな魔術、歴史上なしえた人物はいません、と付け加えるレアル。

 

「しかしそれ以前に、君への負荷があまりに高すぎます。全力を出したら、体の右半分は確実に失います」


「そんな事になったら……」


 トゥルーが不安めいた表情でこちらを見てくる。

 回復はするかもしれない。だがあくまで“しれない”である。

 彼女達は俺の背後に聳え立つ、死の可能性の方が大きいと見ているのだろう。

 

 俺もそうだ。

 イリーナさん曰く、不死身ではないようだ。

 だから即死レベルの致命傷を受ければ、自然治癒の前にそのままお陀仏なのだろう。

 体の右半分が吹き飛んで即死じゃない人間はいないだろう。


「基本、“魔力拳”は使用禁止です」


 ばん、と机を叩いて昨日と同じ有無を言わさない表情で、レアルが俺に言い放つ。


「……私達の許可が出た時のみ、SSランクまでの解放を許可します。つまり昨日出した、半分の力までです」


「分かった」


 トゥルーが不安そうに俯く顔を見ながら、そう言うしかなかった。

 二人の不安や心配を少しでも取り除く方法を、それ以外に知らない。

 俺の返事の後で、ふぅ、とレアルが深く椅子に腰を掛ける。


「まさかあの“泥棒の創世はじまり”の関係者とは予測できませんでしたが……」


 昨日ビートルさんが口からもらした、ある闇ギルドに焦点が当たった。


「私も“泥棒の創世はじまり”知ってる……あの帝国を滅ぼしかけた、一大闇ギルド……よね……!」


 僻地にいたというトゥルーすらも知っているのか。

 それくらいに帝国の危機は、全世界に広まっていたという事だろう。

 だが俺は二人の興味に、答えて上げられそうにない。


「済まないが、それについては話したくない」


「ええ。確かに楽しい物語にはならなさそうです」


 レアルが首肯する。

 しかしトゥルーは俺の隣に立ち、真剣な表情でお願いをしてきた。


「ライお兄さん。でもいつか話してね」


「……分かった」


「そういえばトゥルーにも一つ聞きたい事があります」


 腕組をしたまま、レアルがトゥルーに尋ねた。


「昨日ライの腕を直して、更に地面から草を生やしたあれは……“唄”ですか?」


 昨日のトゥルーが放ったあの唄も、やはり魔術の領域にある存在ではなかった。

 天使のみが扱えるという“唄”。かつてたった少数の天使達が、多勢の人類を滅亡寸前にまで追い込んだという、悪魔の所業の代名詞ともされていた。

 だがその伝統とは、昨日トゥルーが起こした現象とではまるで真逆の結果だ。

 俺の腕は再生し、命が亡くなった地面に新たな若草を生やしている。


「……お母さんが、たまに唄ってたってて……。大地讃頌インテラパックスを。私が怪我した時に、あの唄を歌ってくれると、私の傷が治ってて、よくをそれを真似してたの」


「しかし地面に命を与えて草花まで生やすのは、最早回復魔術の範疇超えてますね」


「私も原理は良く分かっていないんですけど……お母さんから聞いた事のある唄はそれだけで、後は魔術を強化する為の唄しか知らなくて……」


 純粋な天使は、古代に人類との戦争に負けて、殆ど消失したという。

 本当に数少ない、もしかしたらこの世界でたった一人かもしれない天使だ。

 そんな天使はつい最近、数少ない家族を皆殺しにされた。

 もう失いたくないという眼を、俺に向けて再び嘆願された。


「だから私の唄も、お兄さんを何でも治せるか分からないんです……お願いだから、無理しないで」


 失いたくない。

 この眼は知っている。

 エルーシャと別れた時の、驟雨に塗れても分かる涙目だ。


 俺はこんな目にいつも、こんな言葉しか送ってやれない。


「分かったよ。でも凄いな、あんな命を生み出せる力があるなんて」


 褒めてみたが、小さく笑うだけであまり効果はなかった。

 それよりも俺への心配が強いのだろうか。

 この心配を取り除くのと、彼女達の命を守る事。

 俺はどうしたら両立が出来るんだろうか。


 この死の天秤に、いつ答え合わせをするべきなのだろうか。


「……じゃあ行きますか、今日の依頼」


 俺は立ち上がり、昨日買った装備品一式を身に着けて、二人と一緒に冒険者ギルドに行くのだった。



 それから一ヶ月の間、俺がSランク冒険者、トゥルーがAランク冒険者になるまで、“魔力拳”を使うことは無かった。

 

 

 俺が魔力拳を初めて使った場面。

 それは、冒険者ギルドでイリーナさんから耳にした次の言葉がきっかけだった。

 

「緊急依頼だよ……! 龍王山脈から、大勢の魔物が来ているの!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る