第15話 その代償は、腕一つを失う事

 その深夜、俺は屋敷をこっそり抜け出してモルタヴァから少し外れた森にいた。

 万が一、Xランク級の魔力を発揮してしまった時に被害が出ない様にする為だ。

 


「……って、そんな勝手な真似をさせると思いましたか。愚かという奴ですね」



 突然俺の体が照らされ、深夜の泥棒の様な気分を味わう。

 その光の先には、トゥルーと、レアルと、ビートルさんがいた。

 

「あれ? トゥルーにレアル……さっき寝てた筈じゃ」


「天使にだって、狸寝入り位は出来ます……ライお兄さん」


「俺もライがそんな事をするような気がしてね。予め三人で打ち合わせして、こっそりつけていたんだよ」


 そういう事か。ビートルさんも親切だな。

 だが俺は首を横に振って、三人の善意を無碍にする道を選ぶ。

 つまり、実験強行。

 

 

「申し訳ないですが、一度だけ試させてください」



 魔力回路の流れをイメージする。

 右腕の血液は、全部魔力だ。

 今まではひたすら魔力を掌の先から放つように魔力を動かしていた。

 だが今は違う。

 右腕を犠牲に、魔力を解き放つ。

 

「近づくな!」

 

「うっ……!?」


 後ろから三人が駆け寄ってくる音がしたが、右腕から拡散する衝撃波でそもそも近づけない。

 これは想定以上だ。

 まだ全力じゃないのに。

 半分ぐらいしか、出し切っていないのに。

 まるで右腕が一瞬だけ太陽の中心にあるように熱い。

 レアルも使っていた魔法剣。その刃に、右腕がなった気分だ。

 この肉体を以てしても制御しきれない、抑えきれない途方もない力が躍動している。

 

 このまま腕を前に突き出せば。

 俺の肉体も、前の森もどうなるか分かっていた。

 しかし俺は構わず、莫大な魔力の塊と化した右腕を思いっきり正拳で放つ。

 

 眩しくて見えない闇が、眼前の森を包んだ。

 次に街一つ吹き飛んだような爆音が俺達の耳を塞いだ。

 魔力を解き放った瞬間、俺は後ろの三人が巻き込まれない様に、それだけを気に掛けていた。

 それ以外は、後は結果を見るだけで充分だから。

 

 

「……」


 爆炎と発光が止み、砂煙も消えて眼前にその結果が広がる。

 深夜にもかかわらず、ぷすぷすと残っている焔。

 それらが松明の様に、実験結果を指し示していた。

 

 

 クレーターが出来ていた。

 十秒前まで、ここには森があったのだが。

 少なくとも俺達の視界一杯に、木はもうどこにもない。

 代わりに巨大隕石が衝突したように、見渡す限り一面、巨大な穴が完成していた。

 

「……マジかよ」


 半分の力でこれは想定外だ。

 後ろから来たレアルも唖然とその状況を見つめて、第三者としての感想を述べてくれた。

 

「極……大魔法……レベル……ですよこれ」


「そうなのか。これが極大なのか」


「どこからどうみても、いつどうやって見てもこれは極大魔法……数人のSSランクの魔術師が全力振り絞って放てる領域ですよ」


 まだXランクには届かないとしても。

 SSランクの中でも上級に値する、人間を超越し始めた領域のようだ。

 

 でも、これなら使いどころさえ間違えなければどんな奴が相手だって負けることは無い。

 俺はもう、何も失わなくて済む。

 

「あ……あ……」


 トゥルーには少し辛い景色になってしまったか。

 トゥルーは目前の消し飛んだ森を見ながら……。

 いや、悲痛そうに見ているのは俺の右腕の方だ。

 

「右腕が……ないよ……」


 見ているのは、修復が始まりかけた右肩。

 俺の右腕は、魔力となって消し飛んでいた。


 そういえばエルーシャとの訓練の時、右腕が落ちたこともあった。

 二回、斬り落とされた事があった。

 エルーシャは回復魔術が得意で、死なない限りは回復させる事が出来る。

 だから斬り落とすたびに、すぐさま俺の右腕を戻していったっけ。

 

 最初は本当に痛かったのは覚えている。

 2回目は、痛かったかどうか覚えていない。

 そういえば俺、一体いつから痛覚がなくなっていたのだろう。

 エルーシャに嬲られていた時は、最後まで痛かったような気がしたんだけど。

 ……というか、痛いと思う事すら忘れていた気がしていて、何も思い出せない。

 

 少なくとも今、俺の右肩から先が無くなったことによって、中身が剥き出しになっている。

 なのに、痛みはまったく感じない。

 それどころか付け根の部分から徐々に右腕になろうと骨と筋肉が伸びていく。

 流石に一瞬で、とはいかないがこのペースなら十分後くらいには回復し終えているだろう。

 

「うわああああああああああああ! ああああああああああああああああああ!」


 まるで俺の右腕を代弁するかのように、トゥルーが泣き叫んでいた。

 しかも背中に天使の翼を広げて。

 

「治す! 絶対治す! こんなの間違ってる……!」


 広げた両手から、暖かい光があった。

 しかしいつもエルーシャから受けていた回復魔術とは何かが違う。

 魔法陣も展開されていない。

 これは――。

 

「“唄”?」


 彼女の両手から、唄が聞こえる。

 人間にはとても為しえない様な、天国で口ずさむ優しい何かの声だった。

 今まで自身の魔術の強化にしか使ってこなかった唄。

 その唄と同じような声で、彼女は口ずさむ。



大地讃頌インテラパックス……!」



 爽やかな風の音。

 それが彼女から広がった瞬間、俺の右腕の再生が途端に速くなり、あっという間に右腕が元に戻った。

 治ったのは俺の右腕だけじゃない。

 森もだ。

 クレーターの上から、どんどん若々しい草花が生い茂っていく。

 

 回復とか、再生とか、そういうものじゃない。

 まるで命を分け与えているかのようだ。

 

 天使特有の“唄”。

 かつて世界を掌握しかけたその力は、とても人間の魔術では届かない命という世界にまで、簡単に踏み込めるのか。

 

 視界が緑一面になった所で、トゥルーが膝と両手を地面につく。

 今の唄で、体力を消費したのか。

 

「トゥルー……なんで……」


「なんでっ! 命を大事にしないのっ……!!」


 なんで俺の体は、勝手に治るのにそんな事をしたんだ。

 という発言を思いっきりクレヨンで上書きするようにトゥルーが声高に叫んだ。


「治るからって! なんで自分が傷つく道を選ぶのっ!?」


「……」


 トゥルーの枯れた叫び声に、俺は何も返せなかった。

 

「痛くないからって……、自分の体、なんで大事に出来ないの……!?」


 俺の前方にしがみついて、涙に潤んだ眼を見せた。

 

「私は痛いよ……、ライお兄さんが今ので死んだと思った……、右腕無くなって、どれだけ辛いか想像しちゃう……!」


「トゥルー……」


「やるなら、私達をもっと頼って……何か相談して……ちゃんと考えてからにしようよ……」


 トゥルーの涙を止める方法が見当たらないまま、もう一人俺に近づいてくる小さな影があった。


「“いのちをだいじに”がウチのモットーですよ、ライ」


 レアルが俺の治った右腕を掴む。

 きっと痛いくらいに掴んでいるのだろうけれど、回復した腕も痛覚だけは戻っていない。

 だがその握った掌に、どれだけレアルの遣る瀬無い怒りが籠っていたかは、彼女の眼を見れば分かる事だった。

 

「約束を守れない人間は、パーティーから出て行ってもらう……これはトゥルーにも言った事です」


「……レアル」


「考えなかったんですか。自分が死ぬとか、二度と治らないとか。いくらなんでも考え無し過ぎって奴です!」


 泣き叫んできたトゥルーとは対照的に、憤怒をぶつけてくる言い方。

 だがそんな彼女の眼からも、泣き黒子を通る涙が流れていた。


「……責任は私にあります。あなたの魔力ランクXに期待をして、発揮できるようにと提案したのは私です」


「違う。俺の判断だ」


「私があなたを追い詰めました。それは謝ります」


 自分に対しての怒りでもあったのだろうか。

 自分を罰するように、それとも八つ当たりをするように自分の太ももを叩いた。

 

「肉体能力SSで充分ですよ……私や、トゥルーもいますから」


「……」


「お願いだから、一人で傷つかないでください。私達、パーティーでしょう?」


 未だ泣きじゃくるトゥルーと、そんな彼女の頭を撫でながら自分も静かに泣くレアル。

 あの彼女達に、俺は何を言えばいいんだろう。

 あの涙を見ても、俺は彼女達よりも自分を命を優先にできる自信はない。


「こんな事をしてもらうために、あの時レッドバッファローの金、渡した訳じゃねえんだぞ」


 俺の横に並んで、少女が二人が泣く姿を見ながら諭す様にビートルさん。


「この子達が、一体どういう想いでお前の体を掴んでいるのか。良く考えろ」


「ビートルさんも、すみません」


「……そうはいっても、すぐに切り替えられる程人間簡単に出来てねえからな」


「……どういう事ですか?」


「……ライ。俺は思い出したよ」


「何をですか?」


「俺はお前を一回見た事がある。二年前、帝国でのとある闇ギルドとの戦いのキャンプに、俺は医者として派遣されてたんだ」


 あの、二年前の悲劇に。救世の剣聖が誕生したあの瞬間に。

 この人も立ち会っていたのか。


 ビートルさんの突然の発言に、全身の鳥肌が立った気がした。


「そうだろう。ライ。いや――闇ギルド“泥棒の創世はじまり”の被害者」

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