第13話 「今あなた、帝国から“狼少年”としてマークされているわ」
俺達三人は翌日の午前、モルタヴァの街を散策した。
俺もトゥルーも冒険者ギルド以外には行ったことが無い。
むしろトゥルーは人里に行く事は稀で、発見の連続だったのだろうけれど、まだ人間に対する不安がぬぐえていないせいか俺かレアルの陰に隠れがちだった。
それでもモルタヴァの代名詞である、街の中心を駆け巡る巨大な川が水上都市の一面も垣間見せていた。
岸辺と川の流れ、それに沿うように開かれている店を巡るのも一興だし、ボートに乗って普段は見られない様な街の風景も拝むことが出来た。
レアルはこんないい街で、ずっと過ごしてきたんだと。
レアルが夢中になるのも分かる、小さな街だ。
途中でレアルが通っていたという魔術学院も通過し、俺達は一つの店に入った。
そこには装備や薬品など、魔物討伐に役立つ者もあれば、普段の生活で扱う様な衣服も揃えた大きな店だった。
俺自身、あまりこういう大きな店へ来たことは無いから正直緊張すらしている。
「……っていうか装備品、本当に種類が多いもんだなぁ」
俺とレアル、トゥルーは一旦店内で別れた。
まずトゥルーの日常服を買いに行った二人に対し、俺は装備品が陳列された棚を仰ぎ始める。
「あら、あなたイケメンね。お客さん」
思わず距離を取った。今の明らかに女性が言う台詞、男性店員が言ったからだ。
坊主に無精髭、しかし塗っている唇が決め手だ。。
最近はこういう同性愛にも寛容な社会になったからなぁ、と俺は納得して店員を見る。
「あなたレアルちゃんのお連れさんでしょう」
「え、ええ……」
そしてこの外見と口調で分かった。
レアルが別れる前「武具について相談するならプリンスに相談してください、胡散臭いオカマですが悪い人じゃありません」と言っていた。
こいつがプリンスか。
「肉体が傷ついても構い無しのごり押し戦法を取る、肉体能力SSの男。確かに筋肉も擦りたいくらいだけど」
「勘弁してください」
反射で拒否した。
「勿論よ。レアルちゃんに殺されちゃうわ。あの子の御贔屓で生きてるからね」
冗談なのか本当なのか分からない発言をしながら、無精髭に塗れた顎を擦りつつ陳列された商品を見つめる。
「まず武器だけど……基本スタイルは素手でマッシブに殴り倒すスタイルでしょう?」
「はい」
「剣じゃ駄目ね。でもウチ、グローブもあるわよ。殴る蹴る専用の武器も揃ってるわ」
プリンスが選択したグローブの内、一番馴染んだ藍色のグローブを選んだ。
靴も同様。先端と靴底が特殊鉱石で出来ていたブーツを選んだ。
「後は防具なんですが、さっきプリンスさんが言った通り俺はプレートとかいらないっすね」
「ならローブとかどうかしら? 全身を包んで衝撃を最小限に抑えてくれる上に、自動修復される奴、入ってるわよ」
プリンスが取り出したハンガーに吊り下がっていたのは、首から足元まで十分に覆ってくれるような黒いローブだった。
しかしよくあるローブの様にゆったりしている訳ではなく、各部のベルトを締める事で俺のサイズにぴったり合わせてくれる仕様だ。
しかし気に入ったのは、先程プリンスも言っていた通り自動修復魔術が施されている事だ。
一々帰ってからイリーナさんに服を修復し貰っているのも面倒だし、維持費がかかる。
そしてフード。
俺の顔をすっぽりと覆い隠してくれるこの巨大なフードは、ある依頼をこなす時に重宝する。
「レアルちゃんからさっき聞いたけど、覆面はいいのかしら? 闇ギルドに正体がばれると、報復が面倒だから基本的にはみんな何かしら顔を隠すのよ」
髑髏の天秤等の闇ギルドを相手にするときの鉄則を、プリンスさんは教えてくれた。
闇ギルドで一番厄介なのは、彼らに邪魔者と判定された時だ。
法の報復等恐れない彼らは、途端に邪魔者に対して日常内で暗殺や脅迫という手段に走る。
それを防ぐために顔面や髪などは覆面やフード等で隠して、闇ギルドと対峙する。
しかし、既に俺には覆面はいらなかった。
トゥルーを助けた時に使った狼の覆面があるから。
「俺は既に持っているんで、大丈夫です」
「そう。気を付けてね、“狼少年”ちゃん」
「狼少年?」
「サービスで教えてあげるわ。今あなた、帝国から“狼少年”としてマークされているわ」
正確には、狼少年という虚像を帝国はマークしているらしい。
しかし、俺がマークされている?
まだモルタヴァに来て、三日も経っていないぞ。
「天使ちゃんを助けた時の闇ギルド、帝国と繋がっているのよ。そこからあなたの肉体能力SSの特徴が伝わっちゃたみたいね」
「……そういう事か」
昨日既にレアルから予備知識は貰っているから、今さら驚きはしない。
そしてその知識の範囲でも十分予測は出来たことだ。
「しかしこんな公共の場でペラペラ喋るもんなんですね」
「大丈夫よ。周りの人間が聞こえているか聞こえていないか――それも分からず、モルタヴァ冒険者ギルド専属の情報屋はやっていないわ」
「……やけに魔物の詳細や、闇ギルドについて依頼書に詳しく書いているかと思ったら、あなたがちゃんと情報を握っていたんですね」
一つの疑問に終止符を打ちながら、俺はローブやグローブ、ブーツを購入しリュックの中に入れる。このオカマ店員は、冒険者ギルド専属の情報屋でもあるのだ。
「ちなみにマークされているとどうなるんですかね」
「戦争等が起きた時とかの特記事項に記載されるか、もしくは闇ギルドを通して暗殺されるか……ってトコね」
「情報ありがとうございます。気を付けます。トゥルーやレアルが巻き込まれない様」
「あら、自分の事は?」
「ああ、自分の身もですね」
適当に返しながら、一礼をして服を選別しているトゥルーとレアルの所へ向かった。
「あっ、ライお兄さん! どうですか、この服……」
合流すると、まず顔を真っ赤にした挙動不審の天使が目に映った。
ブラウンのフリルのスウェットで少しだけ露出した、小さな肩が震えていて。
フレアスカートと黒のブーツに守られていない、真っ白で細い太ももが映える。
まず俺に褒められたいって、すごい顔に書いてある。
だから俺も出来るだけ素直に回答した。
「うん、めっちゃいい」
「ほんと……!? よかったぁ……!」
物凄い嬉しそうな顔で、顔を緩ませるトゥルー。どうやらトゥルー的に一番自信の服装だったらしい。
そこまで嬉しそうな顔をしてくれると、こっちまで嬉しくなるな。
「これこれ、これこれなのですよ。トゥルー。さっきの服のサイズもう少し大きいの持ってきてください。私がこの小さいサイズでぴったりなのが許される筈がありません」
試着室のカーテンから首だけ器用に出して、トゥルーに指示するレアル。
レアルもどうやら服を選ぶことになったらしい。侯爵の娘と言えど、庶民の服の方が肌に合うそうだ。
「でもレアルお姉さん、店員さんからぴったりってさっき言われた筈だけど……」
「何を言っているんですか。私が子供向けサイズの服を着ている時点でおかしいと思いなさい」
「でもこのサイズだとブカブカだよ……」
「ふん、14歳で隠れ巨乳だからって調子にのりやがってなのですよ。あなたにはブカブカの良さって奴が分からんようですね」
「ら、ライお兄さんもいるんだから大声で言わないで……!」
「ら、ライがいるのですか! ライのエッチぃ!」
見てないよ。
と、物凄いほほえましい会話だったので、ベンチに座りながら女子達の買い物が終わるまで待った。
そして買い物袋を両手に持った二人は、その足でプリンスさんの所へ向かった。
トゥルー用の覆面と装備品を買うためだ。
「あら可愛い天使ちゃん。食べちゃいたいくらい」
トゥルーが俺の後ろに隠れてしがみ付いた。
うん、わかるよ。凄くわかるよ。
同じ人間でも、この男女が入り混じった存在と、そのアプローチ力にはドン引きですよ。
俺の腕を掴みながら、苦手な物でも食べてるような顔でプリンスと一緒に装備品を選んでいくトゥルー。
「……人間にはあんな人もいるんだね、ライお兄さん」
「うん。俺も割とああいうの、初見でコメントしづらい」
店を出ても腕にしがみついたままのトゥルーに、何もフォローは出来なかった。
ちなみに収納魔法というものがあるらしく、レアルが持っていた魔石に買って袋に入っている備品は収納されている。
これは帝国でもある技術なのだろうか?
本当にトゥルーに何も言えないくらいに、俺も世間離れしているな……。
「あっ、ライお兄さん、レアルお姉さん、あの人……」
トゥルーが見た先には、人がいた。
ただし、普通の人ではない。
「……俺も初めて見る、“獣人”だな」
髪の毛の中から犬耳が伸びた親子が、肩車をしながら歩いていた。
獣人は少なくとも帝国では、保護区域という名前の狭い場所に隔離され、福祉やインフラも行き渡っていないと聞く。
人に非ず、故に場所を提供してやっているだけ感謝しろ、と言わんばかりの政策を取っているのだ。
良く周りを見渡すにも他にも、獣人にがちらほらいた。
頭上の耳や尻尾や体毛以外は何ら人間と遜色ない彼らは、人間の様に当たり前に外を歩いている。
「モルタヴァは、人種差別とは無縁です」
「そうなんだ……」
「だからトゥルー。あなたもこの川沿いを普通に歩いて大丈夫なんですよ」
「……天使だったお母さんから、人間の世界で天使は、とても生きづらいって言われてました……だから自然に囲まれた場所で、最低限人間と接して、生きていくしかありませんでした」
俺のローブを掴むトゥルーの掌に力が加わった。
「それならあなたのお母さんに見せたかったですね。この街を」
「……でもお母さん、人間に完全に絶望していた訳じゃなかった……。だから人間のお父さんとも結婚したから……」
満面の笑みで、俺とレアルを見るトゥルー。
「お母さんが人間をそれでも好きになった理由、分かったよ……ライお兄さんや、レアルお姉さんみたいな人がいて、そしてこんな街みたいな場所もあるからなんだね……」
「恥ずかしいからやめてくれ」
「うぅん。私にとってはライお兄さんのおかげで、人間を見ようって思えたのは事実だから……」
俺の顔、紅潮してるのかな。ちょっと頬が熱い。
少なくともレアルは不意をつかれたようで、少し焦って顔を赤くしている。
狼狽えるレアルがちょっと可愛く見えたので、そんな視線を送っていたら咳払いをしていつものレアルに戻った。
「だけど、髑髏の天秤はそんなモルタヴァにとって害悪です。誰もが自由に生きられる街から、自由を奪っているのがあいつらです。今日トゥルーが買った覆面は、それと戦うっていう意志の表れだと思ってください」
「はい」
頷くトゥルー。
しかし正直、俺は髑髏の天秤関連の依頼をトゥルーとすることに不安があった。
何故なら折角得かけた人間への信頼を落とすような、人間の闇を見るのだから。
何より、あいつらはこの子の両親を殺した、いわば仇だ。
そして、闇ギルドが喉から欲しがっている天使なのだ。
「ライお兄さん、私なら大丈夫です……」
そんな俺の心中を察したのか、先回りしてトゥルーが安心させるような笑顔を見せてきた。
まさに天使の様な、笑顔だ。
「ちゃんと、パーティーとして、自分のいのちもだいじにして、戦います……三人なら大丈夫だよ」
そう言いながら、レアルの袖も反対方向の手でトゥルーが握る。
三人が繋がった状態になって、俺とレアルは笑って互いを見合って笑った。
「……分かった」
決意が固まっていたのはトゥルーの方だったようだ。
褒める様に頭を撫でると、顔を赤くして嬉しそうに俺を見上げてくる。
「さて、じゃあ次は医者にライを見せたいと思います」
そう言いながら、三人で偶につなぎ方を変えながらレアルが言う医者の下まで向かった。
魔力が何故Xランクなのか?
という事よりも、何だか懐かしい姉妹に挟まれている感じが、淡く遠くなっていた思い出を鮮明にしている事に注意が向かっていた。
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