SIDE剣聖002_狼少年って誰?

 帝国が中々侵攻に踏み出してくれない。

 一応王国もこれまで帝国が飲み込んできた小国と違い、それなりに王国は力がある国だ。

 一筋縄ではいかないのは分かっているけれど、防衛地点であるモルタヴァを制圧するだけなら今のままの戦力でも十分な筈だ。

 

 だから私は軍総司令部に足蹴く通っている。

 いつになったらモルタヴァというご馳走が並ぶのか、いつになったら私に軍を率いさせてくれるのか。

 

「天使?」


 その中で、あることを聞いた。

 昔の御伽噺にしか登場しないような天使という種族。本当にいたのか。

 それが王国の辺境で見つかり、とある組織が買い手を探しているという事で、帝国が買ったらしい。

 人身販売は正直気持ち悪いが、何事も順番がある。

 私はライの事でいっぱいなの。

 ライを取り返したら、一緒に帝国の腐敗を叩けばいいだけの話だ。

 

 また闇ギルドにはまっているなら、今度は一緒に戦おう。

 ねぇ、ライ。

 

「実は元々モルタヴァには天使が到着して、その天使から成分を抽出して出来上がった“人造天使部隊”が完成すれば侵攻するつもりだったそうだ」


 情報の大元である軍の上層部の男は、舌打ちし頭をボサボサかきながらその顛末を伝えてきた。


「だが、天使はモルタヴァで“狼少年”に奪い返されたそうだ」


「“狼少年”!? 何よ、それ」


「正体は不明だが、その組織の精鋭をたった一人で返り討ちにしちまうような奴でな。しかも情報によれば魔法剣も魔術も全く通じないそうだ」


 魔物なら分かるが、人間で魔法剣が刺さらず、魔術を生身で受けて無事な存在がいるのか。

 私も初めて聞く特徴であり、狼少年なんて二つ名も初めて聞く。


「……人間じゃないって事?」


「正体は不明だ。フードと狼の覆面で顔を隠していたそうだ」


 煙草が鬱陶しい。やめてと威嚇したら、やめてくれた。

 ライは煙草が嫌いなの。

 私の体についた煙草の煙を嫌がったらどうするの。

 

「そして問題は二つできちまった。まずモルタヴァ以降天使の動向が不明な事。そして魔術も剣も効かない“狼少年”という化物がいるという事」


 煙草の煙を消しながら、つまりと男は要点を伝えてくる。

 

「最悪このままだと、天使と“狼少年”の二人を相手取らないといけない。下手すれば戦力の多大な喪失につながる」


「天使はともかく、狼少年に対してそんな伝聞如きで軍は怯えているっていうの?」


 情けない。

 だから闇ギルドに取り込まれそうになったんだ。

 本当でかいだけで、ただ人が多いだけで大したことのない国だ。

 

「おい、どこに行くんだ」


「もう一回司令官に掛け合ってくるわ」


 私はこの時、軍がスタートを切らない事に対しての言い訳はどうでもよかった。

 つまり今、ライは危険な状態にあるって事じゃない。


 世界中を勝手に破壊した悪魔の手先、天使と。

 魔術も魔法剣も効かない正体不明、狼少年が跋扈する魔の街にいるのだ。

 私の大好きなライが、そんな危険地帯にいるのだ。

 

 天使に魔術で穿たれたらどうしよう。

 狼少年に首でも折られたらどうしよう。

 ライは弱いから、私が隣にいないとだめなんだ。

 妹みたいに、またいなくなってしまう。

 

 そうでなくとも、ライはかっこいいから浮気してないかな。

 例えば天使と狼少年から逃げている内に、モルタヴァの女の子と逃避行していないかな。

 もしかして天使は少女らしいから、篭絡されて手ごまにされてないかな。

 そうじゃなくてもモルタヴァの領主の一人娘とかに取り入って、手下とかになっていないかな。

 

 駄目だ、マイナスな方向に考えると止まらない。

 私以外で、私の様な関係になっているかもしれないと思うと、やっぱり行動をせざるを得ない。


「落ち着こう、帰って来た時の台詞を考えよう……お詫びのキスをしよう……、いや、紅い糸ってやっぱりあるんだね、かな……?」

 

 ……まずは命があれば何でもいいや。

 その間に何か裏切っていも、まずは生きてさえいてくれればいいよ。


 天使も。

 令嬢も。

 狼少年も、全部私が殺すから。

 それまで耐えるね。

 今私の体中、あなたの笑顔でいっぱいだから、それで我慢するね。

 

 だからお願い。

 ライ、死なないで。

 早く私が行って、邪魔なもの全部削ぎ落すから。

 私が迎えに行くまで、無事でいて。

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