第12話 現実の為に戦うって、もう俺にはできない事で

 侯爵の屋敷というだけあって、与えられた一室でさえも俺には十分すぎるほど広かった。

 家主であるアドラメレーク侯爵にお礼を言いたかったが、本人は職務で基本家を空けているとの事。レアル曰く「客人入れるなんてしょっちゅうなんで気にしないでください」との事。

 しかし村人Aだった俺にはメイドが廊下をうろついている状況自体落ち着かない。

 

「食事は口にあいましたか」


 二階の自室のベランダでモルタヴァを見ていると、下の庭にいたレアルがこちらを見上げていた。


「……生憎と、俺は舌の感覚も麻痺しているみたいでな」


「っていうのをさっきトゥルーから聞きました」


「知った上で聞いたのかよ」


「やれやれ、やれやれなのですよ。そういう大事な事はあなたの口から言ってください」


 困ったような溜息が、レアルの口から吐き出される。

 そして失礼しますよ、と言いながら跳んできた。

 ベランダの柵に寄りかかっていた俺の隣に、柵を乗り越えて着地する。

 あまりに小さい体なものだから、重量というのを一切感じさせてこない。先程のミノタウロスとの戦闘もそうだ。


「俺達を特異体質やら天使やら目当てで誘った割には、随分心配してくれるんだな」


「勿論投資分は回収させてもらいますよ。例えばあなたの場合、魔力がXランクなのにしょぼい理由について一回医者に診てもらいます。もし解決方法が分かれば、あなたは最強の兵士になれる」


「俺をモルタヴァで最強の兵士にする事が、アンタの狙いか?」


「結果的にはそうなってもらいます。でも目的は違います」


「何だ?」


「先程言っていた龍王の問題の解決、そしてこのモルタヴァに潜んでいるという闇ギルド“髑髏の天秤”の撲滅です」


「“髑髏の天秤”……トゥルーを売ろうとした奴らだな」


「説明はするまでも無いでしょう。トゥルーを救い出したのはあなたと聞いてます」


 ここにトゥルーがいなくてよかった。

 両親を殺され、人攫いにあってまだ日の浅い彼女に、髑髏の天秤の話をしたくない。

 

「ところで一つ質問です」


「なんだ」


 自然に。

 しかしちゃんと聞こえる様に、はっきりと訊いていた。



「あなた、帝国の人間ですね」



 無表情で聞いてきた質問に、無表情で返した。

 

「良く分かったな」


「正直あなたに近づいたのは、帝国からのスパイを疑ったというのもあります。ですが、あなたがスパイという線は捨てました」


「随分と簡単に判断するもんだな。その線が当たってたら今頃機密情報駄々洩れだぞ」


「私が帝国の人間だったら魔力Xとか、肉体能力SSをスパイ程度に使いません……それに、トゥルーがいなくなった時のあなたの眼はマジだと思いましたので」


 あまり思い出しくない痛みを思い出した。

 あの時、もう少し遅かったらトゥルーがフェンリルの餌にされていたかと思うと。

 

「何故あなたが王国に亡命したかは聞きません」


「悪いな。話してもきっと楽しい物語にはならない」


「ですが戦争となれば、あなたの故郷も滅ぼされるかもしれませんよ」


「俺には故郷も、帰りを待つ人もいないよ」


 ああ、もう俺は帝国には何もない。

 あの姉妹以外には、全てが終いになっていた。

 唯一愛していた妹も墓の下。

 唯一寄り添っていた姉は、寄り添い方を間違えた。

 

 あの帝国には俺の居場所はなければ、俺がいてプラスになる事は何一つない。


「ところで“髑髏の天秤”がトゥルーを売ろうとしたルートを探らせたら、面白いことが分かりました」


「なんだ?」


「買い主、恐らく帝国です。あなたがトゥルーを救出させなかったら、今頃トゥルーは帝国に行っていたのですよ」


「買い主になって、飼い主になって帝国はどうする気だったんだ」


「奴隷にするぐらいでここまで大がかりな事をするとは思えません。天使は元々古代において世界を破壊する存在として恐れられました。その伝説を、自分達の戦力として扱う気だったと思われます」


 俺はそんな国で産まれ、育ってきたって言うのか。

 知らず知らずのうちに重なっていた屈辱に気付き、正直苦悶の表情を浮かべずにいられなかった。

 

「……待て。という事は」


「イエスです」


 俺がレアルの顔見ると、レアルも現実を突きつける様に言い放つ。

 

「帝国は闇ギルドと繋がってると見るのが正解です」


「……」


 俺は言葉を失った。

 だってその闇ギルドに帝国は一時滅ぼされかけたというのに。

 今度はその毒を使おうとしているのか。

 

 だとしたらエルーシャは、一体何の為に救世の剣聖として戦い続けたんだ。

 救世の剣聖として戦った末に、結局頬張った闇ギルドの毒を帝国は蔓延らせている。


 ふざけんな。


「どうしました? 気分が優れませんか?」


 レアルが俺の袖を掴んだことで、俺は失いかけた自分を取り戻した。

 上目遣いの少女。しかし俺より年上だけあって、そんなに強く掴まれている訳でもないのに、引き戻してくれる。

 

「……昔帝国の為に闇ギルドと戦った知り合いがいてな。あいつは何のために戦ったんだろうって、良くわからなくなった」


「敵国に対して、迂闊に言うべきではありませんが、その人の事は心中お察しするという奴なのですよ」


「……あんたはどうして戦ってるんだ?」


 俺は頭の中をかき混ぜる疑問の一つを、レアルに向けて見た。

 戦う理由を、聞いてみた。

 

「龍王に髑髏の天秤。王国は手をこまねいているかもしれないが、あんたが率先してやるのはマストなのか?」

 

「自分の育ってきた街を愛して、守りたいと思う事がそんなにおかしい事ですか?」


 ベランダから広がる夜景を命一杯両手を広げて示しながら、戦う理由をレアルは語った。

 ただ、この街の景色を守りたいから。

 ただ、この街が好きだから。


「それが、あんたの戦う理由か」


「はい。ヒロインの為に戦う主人公と同じです。好きだから、守るんじゃないですか」


 酷く説得力のある発言に、俺は何も言い返せなかった。


「明日は依頼は受けません。備品の調達や、トゥルーの服を買いに街に繰り出すとしましょう」


 どこかの誰かさんがSランクのフェンリルを倒してくれたおかげで、小遣いはたんまりありますからね、と付け加えてレアル。

 

「それからあなたを医者に見せますが……その前にライとトゥルーには知ってもらいます。私が愛した、守りたいこの街の現実を」


 現実ね。

 現実か。

 俺が置いてきた現実はどうなっているだろう。

 そんな事を考える事さえ無責任だって言うのに、俺にはそうやって責任を果たしたつもりになるくらいしか、やることは無かった。

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