第9話 「知性のない魔物を治世出来る輩がいるのです」
牛頭をこのモルタヴァに来てからよく見かける。
しかし今度の相手は四足歩行のレッドバッファローではない。
紅い闘牛よりも筋骨隆々の、二足歩行のミノタウロスだ。
ランクもAと、レッドバッファローとは格が違う。
俺も素手でワーウルフを倒したが、ミノタウロスも素手でワーウルフを倒す事が出来るらしい。
「……この先に16体、います」
「依頼書記載の数通りです」
俺達は確実に目視出来ない位置から、ミノタウロスの動向を探っていた。
天使であるトゥルーの気配察知能力は、この距離で目視しなくとも対象の状態が分かる。
レアルに渡された双眼鏡で探して、俺もようやく牛の魔物を見つける事が出来たくらいなのに。
「にしてもすごいね、トゥルー。本当に何も見てないのに、位置まで特定出来るんだ」
「えへへ……お母さんはもっとうまく出来てたんだけどね……」
「ええ。先手を取りたい時に本当に役立ちます。不意打ちもこれで防げますからね」
褒められ慣れていないな、トゥルー。
さっきまで敵か味方か見定めていたレアルにも僅かに表情を綻ばせた。
「しかしレアル、本当なのか?」
何故あのミノタウロスを今から撃退するのか。
レアルから聞いた理由を復唱する。
「魔物が連携して、このままだとモルタヴァを襲うって」
「ええ。彼らはその先遣隊です」
確かにトゥルーから聞いたミノタウロスの状態を聞くと、まるでタイミングを見計らって集団で休憩しているように見える。
まるで統率の取れた軍隊だ。
「魔物にそんな知性があるのか?」
「知性のない魔物を治世出来る輩がいるのです」
「魔王みたいな奴がいるもんだな」
「魔王ではありませんが、龍王がこの山にいます」
「龍王? ドラゴン?」
「はい。この山脈を支配しているドラゴンです。私達はSSランク指定の魔物で、龍王と呼んでいます」
モルタヴァも隣接する、王国を横断する巨大な山脈がある。通称、龍王山脈。
一国を横断する山脈で、規模も相当だ。
当然群がる魔物の数も、その質も無尽蔵に近い。
「龍王は龍王山脈の魔物を王国にけしかけてきます……手始めに、一番近いモルタヴァを喰らおうとしている」
「いや待て、それは一介の冒険者ギルドに任せていいのか? 国単位の緊急事態だろうに。王国は手をこまねいているだけか?」
「王都の方々は帝国との衝突ばっかり気にして、魔物は冒険者ギルドが何とかしてくれるだろうと楽観視しています」
何度も父上から打診してもらっていますが、門前払いです。と忌々しげに語るレアル。
人の最大の敵は人ってか。
「手を貸してくれない以上は、一旦は我々でやるしかありません。出来る限り迅速に、全てにおいて先回りします」
ミノタウロスが待機する方向を見ながらレアル。
「だからこそ逆にこちらから先手を打って、龍王の出鼻をくじいてやろうという奴です」
「成程ね」
「でも……どうして、そこまでして、龍王は人を襲うんですか?」
トゥルーからの質問に、レアルは両肩を竦める。
「だって魔物って本来、人を食料にしたり、縄張りを守るために戦うから……わざわざ人を滅ぼそうと一致団結させるだなんて……」
「龍王に訊いてみないと何ともですね。人間が邪魔になったとか、推測でしか回答できません」
「……そうですよね」
無理矢理納得するトゥルーを一瞥して、レアルは取り仕切る。
「では、作戦開始です。皆さん手筈通りに頼みますよ」
俺とレアルは別方向へ走り、トゥルーはそのまま拠点で残る。
ミノタウロスが群がる広場に俺とレアルが同時に出現した。
勿論ミノタウロスも気配を察知していたのか、俺達を見るや否や隊を半分に分けて襲い掛かってくる。
だが一番槍の先制攻撃として。
天使の光線が彼らの中心で炸裂した。
「ドンピシャじゃねえか!」
「あれで
手筈通り、拠点から魔力SSランク指定を受けたトゥルーがやってくれたのだ。
俺が依然受けた太陽の如き威力の火炎魔術。
“唄”で強化された光線はミノタウロスの数体を消滅させ、更に吹き飛ばして数体にダメージを与えていた。
十分不意打ちになった。
比較的ダメージの薄いミノタウロスの前に立つ。
人語が通じるかどうかは分からないが、一応確認しておく。
「俺達の目的はお前らの撃退だ。帰るってんなら背中は撃たねえぞ」
「ウガァァァァァ!」
返って来たのは殺意の雄叫びと、人間なんて簡単につぶせそうな巨大な拳だった。
「オーケー! 警告はした。恨むなよ」
俺以上に太い腕の上に飛び乗り、そのまま膝蹴り。
首の折れたミノタウロスが後ろに倒れると同時に、牛頭の上に着地。
両足に力を入れて、トマトの様にミノタウロスの中身を炸裂させる。
「噂通りの美しくない戦い方ですね」
「命殺すのに美しいなんてあるのかよ。醜いだけだ」
一方、得物である長剣に魔法属性を付与した魔法剣でミノタウロスと対峙するレアルの姿があった。
かろやかな動きでミノタウロスの攻撃を掻い潜りながら、発行する刃でミノタウロスの心臓を貫く。
蝶のように舞い、蜂の様に刺す。
優等生の様な戦い方だ。二年間よく見てきたような戦い方だ。
「戦闘中にジロジロ見る余裕があるんですか」
と言われた途端、背後から攻撃があった。
ミノタウロスの巨樹の如き腕が、防ごうと構えた俺の左腕と激突した。
一瞬骨にヒビが入った気がしたが、気がしただけで終わった。
逆にミノタウロスが腕を痛めたようで、後退る。
「一応訓練はしてる」
「いやいや、いやいやなのですよ。今のは避ける所ですよ」
呆れるような声をバックミュージックに、更に襲い掛かってくるミノタウロスを蹴り殺す。
結局16体。命が尽きるまで、俺達は戦った。
「肉体能力SS……本当にどっちが魔物か分からないですね」
戦闘が終わってのレアルからの感想がそれだった。
依頼達成の証左となるミノタウロスの角を千切りながら、レアルが俺に訊いてくる。
「本当に痛くないんですか?」
「何かがぶつかったな、何か骨が折れたなって感覚くらいかな。一瞬動きにくくなるけど、すぐに動けるようになる」
「確かに痛覚を感じず自然治癒も出来るのなら、そんな無茶な戦い方も理に適っている奴なのかもしれません」
「バケモノみたいだろ」
「はい。だからなるべく受けなくて済むダメージは、かわす工夫って奴くらいしてください」
トゥルーと違って、レアルは真っすぐ見上げてくる。
眉を潜めて不快感を露わにしている。
一方で本当に相手を心配するような純粋な瞳を向けている。
年下のようにしか見えないのに、まるで姉が無茶をする弟を叱る様な雰囲気を感じた。
「いくら治るからって、仲間が傷つくところを見るのは気持ち良くないです」
「分かったよ。努力はする」
「いいえ。改善してください。この後のミーティングで指摘するって奴なのですよ」
「分かったから早く狼煙を上げようぜ。トゥルーを一人に長くしたくない」
拠点と定めた箇所を見ながら、俺は話にケリをつけた。
俺達二人とトゥルーは作戦上、分断されてしまう。
だからこそお互いの無事を確かめる為に、戦闘が終わったら狼煙を上げる。
レアルが空に火の魔術を放つ。
それを見ながら、俺達は拠点に帰ろうとした。
だが俺もレアルも同じタイミングで、冷や汗をかいて互いに見合わせた。
「拠点からの返事の狼煙が上がらない……!?」
「トゥルー……」
俺は心臓を掴まれるような痛みを感じながら拠点に駆けだした。
確かに拠点から異常を示す狼煙は上がらなかった筈なのに。
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