第8話 「ですが人を見る眼はありませんね。私これでも17歳ですよ」
翌日冒険者ギルドに行くと、トゥルーと共にイリーナさんの待つ受付カウンターまで向かった。
「トゥルーちゃん、本当にいいのね?」
とイリーナさんがトゥルーに訊いたのは、冒険者登録についてだった。
俺と一緒に依頼を受けるにはトゥルーも、冒険者としてギルドに加入しなければならないからだ。
「両親がいなくなって、何をしたらいいかは分かりません……、だからライお兄さんに恩を返しながら、自分探し、したいんです!」
「言っておくけど、髑髏の天秤みたいな奴らだっているのよ」
「……お願いします!」
「……分かった。じゃあステータスを測るわね」
俺の時と同じえんじ色の魔法陣がトゥルーを包む。
直後、イリーナさんの手にあった紙に、トゥルーの数値が自動記載されていく。
「……流石に天使ね」
肉体能力――Bランク
技巧能力――Aランク
魔力――SSランク。
イリーナさんから告げられたトゥルーの能力だ。
「肉体能力はそりゃ14歳だし、まだ発展途上だからこれから伸びる可能性あるし……この時点で魔力SSは……うん」
俺を見ながら言い淀まれても。
昨日聞いた事くらい覚えてる。
魔力についたランクSSは最上級だ。
イリーナさん曰く、ギリギリSSランクというレベルらしい。
それでも天使たる所以が、思いっきり如実に出た形になった。
「でもごめんなさい。この魔術は人間用だから、天使の特性までは掴めない」
「――天使の特性は“唄”と、気配察知能力。特筆事項としてそれ以外に何かあるのかという奴ですよ」
イリーナが俺達に謝ってると、つかつかと歩いてくる影があった。
早歩きで近づいてきたその少女は、トゥルーを観察するようにいろんな角度から覗く。
当然トゥルーは警戒人物として認識したので、俺の陰に隠れる。
彼女の視線には、というか全員の視線の先にはトゥルーよりも更に単身矮躯な少女が腕組をして鼻を鳴らしていた。
黄金よりも優しい色の髪が、肩のあたりでふわふわしている。
その前髪に包まれた黄金色のくりっとした瞳の下に、泣き黒子がトレードマークのように点を打っていた。
そして庶民の俺から見ても分かる。
彼女が今身に着けている装備一式は、貴族みたいな金持ちでもなきゃ手に入らない高価品ばかりという事を。
しかしトゥルーよりも小さい。
トゥルーより年下かだろうか。
「まあ、天使は初めて見ましたが大体あってますよね?」
「……」
「ああ、ごめん、ごめんなのですよ。怪しいものではありませんし、何より私は無宗教なので天使に偏見はありません」
そうは言うが、一度鑑賞物として見られたトゥルーはこの少女を敵判定していた。
っていうか、一つ聞きたい。
「イリーナさん、この人誰?」
「昨日話した、レアルお嬢様です」
まあそんな気はしてた。身に着けている装備品がどれもこれも貴重品ばかりだからだ。
アドラメレーク侯爵の娘。ならば納得できる。
しかしその素振りがある意味深窓のお嬢様過ぎたので、思わず聞いてしまった。
「そして君がライ君ですか。思ったよりも平々凡々としているんですね」
ライ君。
え、俺この子より年下なの? どう見ても12歳以下の自我完全発達直前にしか見えないのだけれど。
と、俺の思惑を感じ取ったのか青筋を突然立てて。
「ですが人を見る眼はありませんね。私これでも17歳ですよ」
「はぁっ!?」
「まったくもう、まったくもうなのですよ。今の反応は見過ごせませんね。私が初等部の魔術学院に通学する姿がお似合いとでも思いましたか。今すぐこの冒険者ギルドの屋上から紐なしバンジージャンプするがいいです」
なんで出会って一分もしないお嬢様にこんな辛辣な言葉を投げられなきゃいけないんだ。
というか、このちんちくりんが17歳?
俺より1つ年上? トゥルーより3歳年上?
あのエルーシャと同い年?
「イリーナ、まだ言ってないんですよね。彼の魔力」
「はい、まだ言っておりません」
話は突然、俺の魔力に移った。
イリーナさんがステータスの魔法をかけた時の、まだ聞いていなかった魔力の結果の話だ。
しかし俺は魔術を満足に放てない。
いい所、Bランクが関の山だろう。
「あなたの魔力、Xランクに相当します」
ん?
いまレアル、なんて言った?
「……Xランク?」
「SSランクの上、理解不能の領域に入っているという事です」
敢えてもう一度言う。
俺は魔術をロクに放てない。
あのエルーシャの地獄の様な訓練を耐え抜いても、魔術に関しては基本的に落第生だったはずだ。
それが天使であるトゥルーよりも更に上の、Xランクって冗談ですか。
既に理解不能の領域なんですが。
「勿論あなたが魔術をまともに放てないのは合点承知の助です」
果たして今合点承知の助って言葉を使うのが正しいのか分からないが、どうやら俺が魔術をまともに放てないのは筒抜けらしい。
実際に外に出て、トゥルー、レアル、イリーナさんの前で魔術を放つ。
「ファイヤアロー!」
俺は掌を出して、詠唱をして炎を出した。
ただしキャンプ料理にしか役に立たなさそうな、小さな火の玉だ。
石壁を少し焦がしただけで、ぷすぷすと哀しく煙が上がる。
トゥルー、私どうフォローすればいいの、なんてオロオロしないで。哀しくなるから。
「2年くらい物凄い強い人に教わって、これくらいしか出来ない。基本属性地水火風の内、火しか出来ない」
人によって、魔術の基本属性は異なる。
種類として地水火風、プラス回復魔術。どれが得意かは人次第だ。
更に言えばイリーナさんの様なステータスを測る特殊な魔術、トゥルーの様な天使ならではの“唄”による魔術。そんな特殊属性を操れる人もいる。
そして、俺は基本属性の火しか扱えない。
他の属性は試しても、魔術にならない。
「威張らないでください。確かに子供以下ですね」
さっき子供扱いした事をだいぶ根に持たれているらしい。
「ですがイリーナのステータスを測る魔術に間違いはありません。君は間違いなくXランクの魔力の持ち主なのですよ」
そうなの? って顔でイリーナさんを見た。
疑うの? って顔で睨まれた。ごめんなさい。
「本来この街を吹き飛ばす極大魔術だって放てる筈ですよ」
「……そうは言われても俄かには信じられないな」
「自分の体の事程、自分で分かってないという奴ですよ。ワーウルフを素手で倒した時もそんな感じだったんでしょう?」
的確過ぎて、何も言い返せなかった。
「あんたが俺に何を期待しているかは分からないが、実際問題放てる魔術はこんなもんだ。期待には応えられない」
「いいえ。だからこそ俄然あなたに興味が湧くという物なのですよ」
さっきトゥルーを検分するような目で、かなり近づいて俺を観察してくる。
パーソナルスペースって知ってるのか。この子。
俺がロリコンなら襲ってるところだ。多分。
「お二人とも、私のギルド活動、手伝ってくれませんか?」
「あんたとパーティーを組めって事か?」
「そう読み替えても可です。しばらくよろしくという奴なのですよ」
「ってか、令嬢のあんたが冒険者なのか?」
「その言葉、天使が人間界にいるのかっていうのと同じくらい差別発言ですよ」
成程、確かに偶にしっかりとした教育を施され、かつ年上なりの発言をしてくる。
「一応レアル様はSランクの冒険者なので、悪い話ではないと思いますよ」
イリーナさんの補足に、俺は驚いた。
技巧能力と魔力がSランクであり、しかもしっかり経験を積んできているらしい。
腰に刺さっている剣の柄の摩耗具合が、彼女の戦闘回数を物語っている。
17歳で強い……エルーシャを思い出すな。
「手伝ってくれるなら、私の家の部屋貸しましょう」
思わず俺はレアルを見た。
「おやおや、おやおやなのですよ。引っかかっりまくりじゃないですか。聞けば今は住処を探しているとかどうかで」
その通り、まだこの街に来たばかりの俺とトゥルーはまだ住所不定である。
今日もどこか宿を借りるつもりだったが、拠点となる住居が安定するのは願ってもない話だ。
上手い話過ぎる上、まだレアルの事については分からない事だらけだ。
俺は暫く思案した上で、トゥルーとも一度話をしたうえで。
「わかった。あんたとパーティーを組もう」
と返事した。
「良い回答なのですよ。よろしくという奴なのです」
「だが一つだけ条件がある、レアル」
俺は思案の中で絶対に決めていた、一つの要求を提示した。
「トゥルーを危険な目に合わせるのはやめろ。もしそんな殿を務めなきゃいけない時があったら、俺を囮にしろ」
「そ、そんなライお兄さん……!」
勿論荷物扱いされているみたいでトゥルーには不本意だったのだろう。
何か口を挟もうとしたが、俺が手で制する。
「いいでしょう……どちらにしても、トゥルーには遠距離戦、支援や索敵を担当してもらうつもりですから、逃げるなら一番先になります」
「助かる」
俺達は結局、三人でパーティーを組む事になった。
そしてレアルが指定したAランクの依頼に向かうのだった。
「っていうかイリーナにはさん付けなのに、なんで私だけ呼び捨てなんですか。あなた年下でしょう」
「えっ」
「まだ私を初等部の子供だと思ってるんでしょう」
「いや、そんな事は思っていない」
「それならトゥルーがあなたにお兄さんを付けている様に、私にもお姉さんを付けなさい」
「えぇ……」
「お姉ちゃんでも可です」
そして前途多難だ。
最近の子供の扱い方は良く分からない。
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