第6話 戦いの後

「んーと、ちょっと整理させてね? レッドバッファローを倒しに行っていたら、闇ギルド“髑髏の天秤”に出くわして、そこから天使を救い出した……!?」


「あってます」


「まずね、“髑髏の天秤”は最上位犯罪集団の闇ギルドなんだけど、そこの所分かってる?」


「いいや。それよりもトゥルーを助ける事が優先だったんで」


「……待って、ちょっと待って、すごく待って。お姉さん展開についていけない……!」


 イリーナさんを困らせてしまった。

 ビートルさんがあれこれ上手く説明してくれて、ようやくイリーナさんが頷いてくれた。

 

「オーキードーキ。お姉さんようやく理解したよ。ライ君のSSランクの肉体能力を見たから、耐性ついたのかな?」


「光栄の極みですね」


 やっと紅の角の報酬を受け取った。

 禍々しい角が、生活費に変わった。

 

「ライ。これ、受け取れ」


「いや受け取れませんよ」


 ビートルさんが渡した量は、はっきり言ってビートルさん達の全額の料金だった。

 後ろの三人も文句なしと言わんばかりに満面の笑みを浮かべているが、流石に受け取る訳にはいかなかった。

 

「それに言ってましたよね、こういうのは渡されても哀れみにしかならねえ、って」


「これはお礼って奴だ。実際レッドバッファロー相手に、俺達はヤバかった。お前がいてくれて良かった」


 それによ、と俺にしがみついたままのトゥルーを一瞥する。


「その子養っていくためにも、金は必要だろうが」


「養う……?」


「キョトンとしてんなよ。お前、このまま彼女を連れ帰るつもりだろ?」


 図星だった。人生経験ではビートルさんには敵わない。

 流石に天使を素直に受け取ってくれる養護施設はいないだろう。

 この街に髑髏の天秤の様な闇ギルドの暗躍がある時点で、少なくとも天使というだけで宝石並みに狙われるトゥルーをどこかに置くつもりはなかった。保護をお願いしたつもりが、失意の幽閉なんて笑い話にもなりはしない。


 この子は、もう放っておけない。

 

「……頼む。受け取って、その子をしっかり守ってやってくれ」


「分かりました。ありがとうございます。ビートルさん」


「お前の事をバケモノ呼ばわりした慰謝料も入ってるからな」


「ビートルさんこそ真面目っすね」


「ありがとう……ございます」


 震えた声の主は、トゥルーだった。

 ずっと俺以外に怯えた視線を送ってきていた天使が、遂にビートルにも心を開き始めたのだろう。

 

「どういたしまして。お前さんも何か困ったら、俺達に頼れよ」


「……うん」


 トゥルーが少しだけ強張った顔を溶かして頷く。

 ビートルがそこで、俺に提案してきた。

 

「どうだ。俺達のパーティーで暫くやっていくつもりはないか?」


「……いえ。暫くはソロでやらせてください。世界ってこんなものかって、依頼を通して見てみたいんです」


「ごめんなさい……ライお兄さんと、一緒がいい……」


「そうか。だが俺ら“ビートルズ”は、お前らを大歓迎だからな!」


 ビートルズって名前だったのか。

 しかし何故だろう。冒険者集団というよりも、音楽集団の響きがするぞ。

 そう思いながら、ビートルズ達四人は冒険者ギルドを去る背中を見届けた。

 

「あ、そうだ。イリーナさん。何かいい宿ありません?」


「私は観光案内業者じゃないっての……と言いたい所だけど、“髑髏の天秤”を退治してくれたし、格安のいい所教えたげる!」


「イリーナさん優しい」


「あなた、結構正直に話すのね」


 イリーナさんはぎょっと顔を赤らめる。可愛いな。


「ちなみに髑髏の天秤の事なんだけどね」


 宿への地図を渡すついでに、仕事モードの顔に戻って髑髏の天秤について語り始めた。

 

「元々髑髏の天秤については正体不明でね、このモルタヴァ地方でやりたい放題していて、私達も頭を悩ませていたの」


 曰く、どうやら髑髏の天秤はここ最近モルタヴァ地方に出現した闇ギルドの一つらしい。

 闇ギルドの代表格のような存在で、ここ暫くは人攫いによる人身販売を生業としているようだ。

 そもそもそんな市場が成り立つ土壌があるって事に、俺は思わず舌打ちをしそうになった。

 

 ギルドの全容も本拠地も分かっておらず、冒険者ギルドとしても対処に手をこまねいていた。

 Aランクの偵察任務の中には、髑髏の天秤の本拠地を暴き出すという冒険者ギルド直々の依頼も混ざっていた。

 

「……すみません。一人くらい生かして連れてくるべきでした」

 

 少しは情報が掴めたかもしれないのに。

 俺の後悔を和らげるように、頬杖着きながら励ます顔をしてくるイリーナさん。

 

「女の子を守るためだもの、仕方ない時もあるわ」


 別に俺の落ち度に、慚愧の念を抱いている訳じゃなかった。

 ただ。

 闇ギルドは、須らく生かしておけない。

 そう思うだけの、経験が化物にはありましたとさ。

 

「明日、冒険者ギルドに来るかしら?」


「ええ」


 イリーナさんの質問に、俺は頷いた。

 トゥルーと寝食を一緒にすると決めたが、今日の分だけでは今月生きていくには足りない。

 そんな俺らにぴったりな新しい依頼でも入ったのだろうか?

 しかしそんな俺の考えと、イリーナさんの考えは一致しなかった。


「一つ聞きたいんだけど、あなた本当に魔術はからっきしなんだよね?」


「ええ。頑張って中級魔術がいい所です。少なくとも戦闘には使えません」


「そうなんだ……」


 そういえば俺の魔力のステータスについて、まだ聞いてなかったな。

 思い悩む表情を見せたイリーナさんに訊こうとしたが、先んじてイリーナさんからお願いをされた。

 

「明日あなたに会いたいって人がいてね。会って欲しいんだ」


「こんな名も身分も知れぬ人間に会いたいなんて物好きがいるんですね。誰ですか?」


「この冒険者ギルドの会長であるアドラメレーク侯爵の娘の、レアルお嬢様よ」


 ……令嬢が一体何の用なんだろう。

 俺は久々に訝しげな表情を浮かべながら、初依頼を終えた冒険者ギルドを後にした。

 勿論トゥルーもセットだ。

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