第4話 「死ね」

「ライ、教えてやる。闇ギルドってのはな」


「説明不要で」


 闇ギルドの事ならよく知っている。

 奴らは国家が公式に運営している冒険者ギルドとは異なる、非公式のギルド。

 過去に犯罪歴があり、社会で真っ当に生きられないという理由で悪行三昧を繰り返す、極悪非道の連中だ。

 強盗、脅迫、暗殺、そして人攫いだってやる。

 あのシーツと檻に囲われた少女は、枷を嵌められ世界の終わりを悟りきった表情をしていた。

 

「あの中に女の子がいます」


「人攫いか。しかしあれだけ厳重なのは珍しいな……」


 小国の姫様か、相当器量の良い麗人か。

 十人以上の黒服が、荷台を運びながら辺りを警戒している。

 しかもどいつもこいつも、さっき人を殺してきたみたいな危険な顔をしている。

 

「冒険者ギルドにすぐに戻って事を伝えるぞ」


 ビートルさんの判断は正しい。

 冒険者ギルドに闇ギルドの活動を伝え、ギルドそのものからの依頼として人を募るのが正解だ。

 闇ギルドには闇ギルドとしてやっていけるだけの曲者が揃っている上、数もこちらが負けている。


 だから俺は首肯して、殺人鬼たちの集団に飛び込むことにした。

 

「じゃあビートルさん達は、イリーナさんに連絡願います」


 まるで最初から準備されていた小道具の様だった狼の覆面。

 俺はそれを被って、フードを深く被る。


「っておい! ライ!」


 気付けば疾駆していた。

 体が軽い。

 SSランクの肉体能力とやらで構成された脚力で地面を蹴れば、一気に闇ギルドの中心まで到達していた。

 

 少女の絶望した顔が追想される。

 

 まるで3年前に殺された、俺らの妹みたいで。


 あの顔を見てしまったら、俺は立ち止まれなかった。

 

「なっ……!」


 闇ギルドの連中が声を上げた時には、既に数名の間合いの内。


「一度だけ警告する。中の子を置いて、早々に立ち去れ」


「……ハァ!? なんだこの狼コスプレ野郎……!?」


 一人の黒衣が、威嚇するように迫ってくる。

 手にはナイフ。人を殺すための凶器。


「さてはてめぇもこの娘が狙いか!? 悪いが渡せねえな。ようやく探し回って手に入れた品物だ」


 エルーシャと比べて隙だらけの姿勢と、刃の煌めきを見せびらかす。

 どうやら魔力を刃に注ぎ込んでいるようだ。


 武器に魔力を付与する技術、魔法剣。

 エルーシャからさんざん教えられたにも関わらず会得できなかった技だ。

 切れ味だけじゃない。

 本来の魔術が放つ以上の灼熱が、このナイフには込められている。


 だがエルーシャが良くやっていた魔法剣とは、名刀とナマクラくらいに次元が違う。

 多分、受けても少し血が出るくらいで済みそうだ。


「こいつは金の成る木だ……俺達“髑髏の天秤”が高く売りつけるんだよ」


 つまり、人身売買か。

 闇ギルドらしいな。


「随分悪行三昧を口八丁に話すもんだな」


「そりゃ死人に口なしだからな」


 せせら笑う仲間たちを背景に、男は白く発光したナイフで俺の首を一閃した。


「それだけは同意だ」


「!?」


 しかし飛んだのが俺の首ではなく、硬さに負けて折れた刃だと悟った瞬間、男の顔が凍りついた。


「命に値札を付けて、命から価値を奪う様なお前らは屑だ」


「なんで……!? 魔法剣で首をやったのに! コイツの堅さは……!」

 

「警告はした。恨むなよ」


「えっ」



 蹴り上げた。

 男の首が、ボールの様に宙に飛んで行った。

 ああ、よく飛んだな。



「なん……っ!?」


 首を失った胴体を払い除けていると、辺り三人の顎目掛けて拳を放つ。

 内二人は首が一回転して倒れた。

 内一人は辺りどころが良かったのか気絶で済んだ。


 いや、気絶で済ますかよ。

 蹴り飛ばして壁に叩きつけて、染みにした。


「魔術ならどうだ……ウィンドカッター!」


 詠唱と同時、鎌鼬が俺の胴体へ直撃する。

 疾風が駆け抜けた後、俺は自分の体を見た。着用していた服は切り裂かれていたが、俺の胸はそのままだった。

 自然治癒で治ったのか、そもそも皮膚が切り裂かれていたのかも今となっては分からない。


「な、なんだコイツ……!?」


 風の魔術を放った闇ギルド“髑髏の天秤”の構成員は、離れた距離で驚愕していた。

 いい魔術がどうかは分からないが、俺の放つ魔術よりは強かっただろう。

 そんな魔術もロクに使えない俺は遠隔攻撃手段を持っていない。


 だからさっき蹴り上げた男の首を投擲することしか出来なかった。


「ガッ……!?」


 二つの頭蓋骨が破裂する音がうるさかった。

 そのせいか、背後に忍び込む殺意に気づかなかった。

 

「死ねぇっ!」


 全く想定外の場所から衝撃があった。

 隠れて荷物を見張る監視役だろうか。

 別の黒衣が俺の背中にナイフを突き立てていた。


 だが、突き立てるだけで終わっていた。


「い、痛……」


 だが不敵な笑みは、苦痛の滲みへと変わる。

 ナイフを握っていた右手首を抑え込みながら、思わず蹲る男。

 想定外に堅いものにナイフを充てたことによって、手首が壊されたのだろう。

 変質した俺の体は、ナイフ程度通さないらしい。魔法剣でも。


 でも、今は俺の事なんかどうでもいい。

 

「一番痛いのは、攫われたあの子だろう」


「いっ……」


「お前達闇ギルドは、そうやって髑髏を生み出す。命を弄ぶ。二年程度じゃ変わらないね」


「待て、俺達が悪……!」


「大丈夫。命を甚振る趣味はないから。満足して死ね」

 

 一方の俺は、ヒビの入った刃を踏み潰し、そして蹲っていた男も踏み潰した。

 

 これで六人。

 いい加減、服に纏わりついた返り血が鬱陶しくなってきた。

 どうやら向こうも怯えてくれた様で、蜘蛛の子を散らす様に逃げていた。

 

「……す、すげぇな」


 ビートルさん達は駆け付けるなり、死屍累々の空間にぎょっとしていた。

 

「容赦ないんだな……」


「したら何も守れないし、救えません。手加減していいか分からない相手でしたし。しかし一部逃がしたのは失策でしたかね」


 俺には檻に閉じ込められた少女の方が最優先だったから、追っている暇はなかった。

 だが少しリスクを負ってでも、増援を呼ばれる可能性を摘むべきだったか。

 兎にも角にも、だとすればあまりここに留まっているのは得策ではない。

 あのシーツの中には、自由を奪われた少女がいるのだ。

 

「……やはり少女の様です。奴隷にこれから売られる感じだったんですかね」


 俺はシーツを捲りあげ、檻を捻じ曲げて中に入る。

 少女の前にしゃがみ込む。

 ふわふわした粟色の髪の下で描かれている、少女の幼顔。

 短背矮躯の身は、簡素な白い服で包まれていた。

 酷く怯え切っていて、それでいて恨みに満ちた眼を俺に向けてくる。


 体中の傷、打撲痕。

 一体何をどうされればこうなるっていうんだ。


 “髑髏の天秤”って言ったか。

 許せない。


「もう、大丈夫だよ」


 そう言いながら、俺は少女の手足を冷たく掴む枷を無理矢理外した。

 しかしこの枷、かなり上級の魔術封じの特性がつぎ込まれた奴だよな?

 たった一人の少女を縛るには、とても手が込んでいないか?

 

 

「……あなた達……人間が……殺した……」


 北極にいるように凍えた声。

 少女が人間そのものへ絶望しきった眼を光らせた瞬間。

 

「あなた達が……人間が……お母さんと……お父さんを……!」



 俺は見惚れた。

 少女の背景を包んだ、雪よりも綺麗な純白な翼。

 

 

「逃げろライ! 髑髏の天秤が何故その子を狙っていたのか分かったぞ!」


 ビートルさんが驚愕の声で、御伽噺の様に半信半疑の真実を叫んだ。

 

 

「その子――“天使”だ!」

 

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