第3話 まっとうな人間を見ると、化物であることを全うしている気分になる。

 レッドバッファローは発情期に入ると、その巨体で荒野を駆け巡って求愛行動をする。

 しかし迷惑なことにそれは目の前に馬車とか人間がいても、構わず突進してくるのだ。

 筋骨隆々の巨体と、金剛不壊の角に轢かれて犠牲となる人間は後を絶たない。

 故に、討伐対象になった。

 

 崖下で暴れ回る紅の闘牛達を見ていると、明らかに自分に向けられた声がした。

 

「よう、さっきイリーナちゃんに引っ張られていた新入りじゃねえか」


 荒野に着くなり先んじて来ていた甲冑に身を包んだ男が、検分するような目で絡んできた。

 

「ワーウルフを素手で倒したとかどうとか……面白い噂を聞いたぞ?」


「あんたは?」


「俺はビートル。同じ依頼でどうやら鉢合わせたらしいな」


 虫みたいな名前だな。

 しかしビートルの後ろには彼のパーティーと思われる冒険者達が四人。

 本来はこうやって支援系も併せて、四人でパーティーを組むらしい。

 

 今回の依頼はレッドバッファローの駆逐数に応じて報酬が手渡される。

 その証左が、レッドバッファローの象徴でもある紅の角だ。

 特殊な性質を持っていて、武器や防具の素材としても重宝されるらしい。

 

「まあ敵さんの数を鑑みれば、お互いに依頼達成には十分な紅の角があるから奪い合いにはならなさそうだ……が、新進気鋭で命を奪われなければいいな」


 心配して励ましてくれているのか、それとも見下げているのか測りかねる態度だ。

 だが俺からすれば、十分歴戦を潜って来た冒険者の様だ。


「学ばせていただきます。先輩」


「真面目だな。せいぜい参考にしろよ。バケモノ」


 先行してレッドバッファローの群れに向かったのはビートルさん達のパーティーだった。

 レッドバッファローの通常の倒し方を、ビートルさんのパーティーから学ぶ。

 目もくれず標的に向かって突進する闘牛の蹄に向かって、魔術等の遠隔攻撃をぶつける。

 足をくじいて止まったところを、剣や斧を持ったでトドメを刺す。

 

 魔術を外せば、下手すれば即死の猛突進が待ち構えている。

 だが想定外の事態になった時の回避方法も手慣れた動きをしている。

 四人全員がしっかり経験を積んでいなければ為せない連携だ。

 

 一方で、経験も仲間もない。

 ただ人間じゃないと言われた肉体を持つ俺に出来る事ではない。

 

 だから俺は、向かってくるレッドバッファローに対して。

 その二本の角を、両肩に無防備に受けた。

 

「うえっ!?」


 ビートルさん達が何に驚いたかは分からない。

 俺が無防備に直撃を受けたのか。

 鋭利な二つの先端が俺の体に突き刺さらなかった事なのか。

 超重量の猛突進を受けたのに、一切不動だった事を言っているのか。


 だから試しに、致命傷を受けてみた。


「痛くねえのかよ!?」


「ええ」


 何も。

 ただ何かが触れた、という事だけ。


 ビートルさんの疑問符に、俺は軽く返した。

 本当に俺の肉体は人間以外の何かになってしまったらしい。

 もしかしたらこうして必死で俺を押そうとしているレッドバッファローみたいな、魔物の方に近いのかもしれない。

 だとしたら俺は今、同類を殺そうとしている。


 ごめんなさい。

 ありがとうございます。

 いただきます。

 

「悪いな」


 俺はそう言い放つと、二本の角をしっかりと持ったまま空の彼方へ蹴り上げた。

 ベキィ! と角が折れて少しして、既にこと切れたレッドバッファローの遺骸が空から降って来た。


「……蹴り一発で、しかも魔術補正無しで……一撃かよ」


 ビートルさんの慄く声。俺の方が慄いている。

 こうして角の先端を自分の肩から引き抜いても、何も痛みを感じないのだから。

 ほんの数ミリ程度抉られた傷口は、見る見るうちに回復していく。


『私はあなたを、私以上の冒険者に仕上げたいの!』


 エルーシャの声が脳裏で残響をした時には、次のレッドバッファローを仕留めていた。

 二本の角を素手で引き抜きながら、もう記憶でしかない彼女に馬鹿にするように笑った。

 

「どうやらお前を超越したんじゃなくて、人間辞めちまったらしいぞ……」


 

 それから暫くして、ノルマ分は達成した。

 だが仲間を殺されたレッドバッファローからすれば無関係であり、当然怒ってこちらに向かってくる。

 突進してきた牛頭を何度も殴り殺している内に、闘牛達の残骸が辺りに転がる。

 俺は二度と暴走する事が出来なくなった紅い闘牛から角を引き抜くと、近くで戦っていたビートルに手渡した。

 

「これ、よければどうぞ」


 両肩で息が上がっていたビートルは紅い角を一瞥すると、諭す様に押し返してきた。


「……そいつはお前のもんだ。そういうのは渡されても哀れみしかならねえんだよ」


 しかしビートルさんからは嫌悪感を感じなかった。

 不思議と冒険者の先輩としての親切感を感じた。

 だからその返礼をするように、俺はビートルさんの前に出る。


「じゃあ、ちょっと手伝っていいですか?」


「なんだと?」


「皆さん、かなり疲弊しているようなので」


 ビートルさんも含めて、既に疲労困憊の様に見えた。

 レッドバッファローの勢いが思いのほか凄まじく、また数も馬鹿に出来たものではないからだ。

 

「それも余計なお世話だ」


「仲間なんでしょう。あなた達四人は。もし万が一、死んでしまったらどうするんです?」


 ビートルさんがプライドとやらをかけているのは分かる。

 だが俺はプライドよりも大事なものを知っているので、引き下がらない。


「命より大事な物なんて、この世にはありませんから。それは報酬とか、お金を理由に動くようなものじゃないから」


「俺達はつい今あっただけの他人だぞ」


「命に他人も身内もないですよ。見過ごせないですね」


 俺が言い返すと、ビートルは荒いだ息で全体を見渡す。

 草臥れている仲間達を見て、折れた様に頭を下げる。

 

「悪い、手伝ってくれ」


「分かりました」


 その後、俺達五人でレッドバッファローから紅い角を十分に頂いた。

 軽傷の人もいたが、その場の回復魔術で治るようなものだった。

 回復魔術による光に、自分が良く受けていたエルーシャからの回復魔術を重ねていると、後ろからぽん、と肩を叩かれた。


「さっきはバケモノとか言って悪かったな」


「いいえ。自分でもバケモノと呼んでいるので」


「名前は?」


「ライと言います」


「ああ、嘘みたいないい名前だな。お前にとっては主義の上での助力だろうが、俺達も立つ瀬がない。後でお礼をさせてくれ、ライ」



 俺達五人は紅い角を詰めたリュックを背負いながら、モルタヴァへの帰路に着いた。

 ただし、この日の話はまだ終わらない。

 ビートルさん達からのお礼ももう少し後の話になる。

 

「隠れろ」

 

 それはモルタヴァの外れでの事だった。

 身を物陰に隠しながら覗いた先で、黒いローブに身を包んだ連中が集団になって人通りのない道を進んでいた。

 黒いローブの背中には、頭蓋骨が天秤にかけられたようなマークがされていた。

 その中心の荷台にあった立方体は、シーツに包まれて全容が見えない。

 

「間違いない、“闇ギルド”だ……」


 ビートルさんが呟いた時、僅かにはためいたシーツの中が見えた。

 傷だらけの一人の少女が、檻の中に閉じ込められていた。

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