第35話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】35 ]

『我が傀儡たちよ....その醜い怪物を挽肉に変えてやれ』


ノリックネムカは再び指を鳴らす。

すると傀儡は一斉に、雪に向かっていった。

しかしその尽くを、雪は喰らっていく。

餌を与えられた生き物のように、淡々と、害意なくただ泡立つ、本能のみによって。

噛み砕いていく。


『糞が....!!何をしている傀儡ども....ッ!!!』


「雑魚ね。こんなのいくら揃えたところで、私を殺せはしない」


『クソ....クソがあぁあぁぁぁあ!!!』


さらに傀儡をけしかけ一斉に襲わせるも、それは無駄だった。

怪物と化した雪の膨大な体躯の前では、人間が寄り集まったところでたかが羽虫同然。

抵抗も虚しく無惨に食い千切られるのみであった。


粗方全ての傀儡を食い尽くすと、雪は尻餅をつき呆然自失しているノリックネムカに告げる。


「これで終わりなの?腹拵えにもならなかったわ。で、次はあなたの番だけど、最後の言葉とかあるの?」

『あ....ぁあ....!はっ!』


ノリックネムカは思い出したかのように、先程傀儡に変えた向井を人質でも取るかのように目の前に差し出す。


『こっ....!これでもお前は、私を喰らうことが出来───』


言葉を待たず、雪は向井の傀儡ごと、ノリックネムカの仮面をあっさりと噛み砕いた。


「出来るわよ、馬鹿なの?向井さんは死んだの。そんな子供騙しが通用するとでも思ったの?....って、もう聞こえてないか」


乾いた音を立て落下する仮面の破片。

それはすぐに塵となり消滅した。

あのノリックネムカを、まるで赤子扱いだ。

やがて元の少女の姿に戻った雪は、泣き崩れながらその場に蹲る。


「ぅう....っ!ごめんなさい....向井さん、ごめんなさい....っ!」


駆け寄り慰めようとした時、舞台の奥から何者かが拍手をしながら現れた。

その顔には、見覚えがあった。


『まさかノリックを殺るとは。やっぱり腕の立つ血魔だったようだね。雪』

「吾立....!!」

「バカな....っ!」


吾立は不敵な笑みを仮面の下に浮かべながら、背の鞘から血錆に塗れた刀を抜き放ちこちらに向ける。


『相手はどっちだ。アンタか、それともその見慣れない子か?』


「僕だよ~ッ!!」


瞬間、観客席の奥の方から宙を滑るように現れたペストマスクを被った人物。

舞台に立つ吾立に向け振りかざされた羽の刃は刀とぶつかり甲高い音を立てる。

久家だ。


「会いたかったぜェ....?”不壊の飛蝗(グラスホッパー)”ーッ!!」

『”ヤタガラス”....久家 文哉か。また厄介なのを味方につけたな、ヴリコラカス』

「味方?でたらめを言うなよ。僕はお前に個人的な興味があって来たんだ」


互いに繰り出され続ける猛攻を、互角に捌いている。


「僕は、お前の”血魔が世界を統治すべきだ”という思想が気に入らない。だから潰しに来た」

『ならやってみろ。お前に出来るならな』


激しい攻撃の応酬が続く。

両者防ぎきれずに攻撃を受けているが、再生能力により即座にその傷は癒える。

流れ出る血と黒い組織が辺りに飛び散る。


「エゴなんだ。僕もお前も、所詮はエゴで動いている....」

『....何が言いたい』

「お前、恋人を食べさせられたらしいな」

『........』


吾立は攻撃の手を止め直上に飛び上がり、キャットウォークの縁に片手で掴まりぶら下がる。

久家は続けて、吾立に向かって語りかける。


「だから、深く絶望した。それは僕も同じことだ。だが、分かり合おうなんて気はサラサラ無い」


「僕の目的、全ての血魔を消し去ることだって、お前の血魔を尊重する意思だって、結局原動力はただのエゴ。意地汚く、直面した絶望からズルズルと逃れようとする身勝手な逃避でしかない」


「僕が気に入らないのなら、その刀で僕を斬り伏せて、自身の言い分が正しいことを証明してみろよ」


『....黙れ』

「いいや黙らない。黙るのはお前だよ.....さて、今から僕の全身全霊をもって、お前の全てを否定させてもらうけど、良いかな」


『....上等だ』

「始めようか、聖戦を」

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