第34話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】34 ]

「はぁはぁ....勝っ....た....」


深く傷をつけられた肩を押さえながら、向井は切れた息を整える。

その場にへたりこむ向井。


....傍らに転がるノリックネムカの身体。

その仮面が、赤から青に変わっていることに気づく。

それと引き換えと言わんばかりに、向井の、ちょうど背後に位置する死体の仮面が、赤くなっていた。


その仮面に刻まれる、「69」の刻印も。


「向井ッ!!!今すぐそこから───」


叫び走り出すが、遅かった。


素早く起き上がった、ナイフを握るその死体は、向井の心臓を性格に突き刺した。


「え....っ....?」


続けて何度も、新たな赤い仮面の血魔は事切れた向井の身体に刃を振り下ろし続ける。


『ヒャァハハハハハ!!!言ったでしょう!!私の力は死者を操る、ただそれだけの能力!!死体に麻酔薬が効くわけねーだろカスがあぁぁあぁ!!!!ヒャハハハハハハハハハハ!!!!』


「向....井....!!」

「向井さァんッ!!!」


ノリックネムカはこちらにガクついた首を向け、上機嫌で告げる。


『改めまして名乗りましょうかァ?私は”傀儡廻”(ネクロマスク)ノリックネムカ。死者を操る、人形遣いだッ!!!!』


そしてノリックネムカはパチンと指を鳴らすと、座席、ステージ、そして通路の脇に隠されていたとおぼしき死体が、一斉に動き始める。


「馬鹿な....!!これだけの数を、一斉にだと....!?」


ゾンビのように動き出した死体の仮面は、赤と青が混ざりあったマーブル模様に変化しており、刻まれた数字も無くなっている。


『おいで....死者の世界へ....!!』


ノリックネムカは向井の顔に手をかざすと、そこに瞬時に仮面が形成される。

それは全ての死体と共通の、マーブル模様の仮面だった。


『フフフッ....ハハハハハハ!!!貴方たちにはここで、我が傀儡たちの一員となって頂きますよ....』


このままでは死ぬ。

かといって向井を助け出そうとしても死ぬ。

最適な決断を、下さなければならない。


『全て捌こうと言うのであれば、やめた方が賢明ですよォ。この傀儡達は、その全てに貴方たちをいとも容易く惨殺できるほどの能力が備わっている!!』


「........二人とも、逃げるぞ」

「逃げるって!!向井さんを置いて逃げるんスか!?」

「....逃げるんだ。死にたくなけりゃあな」


俺は、あえて冷徹に振る舞った。

向井の死を嘆いている暇はない。

生き残らなければ、この組織を潰すことはできない。

唇を強く噛み締める。血が流れるほどに。

拳を握り締める。骨が砕けんばかりに。


今、この場から逃げるのが、最適解と俺は判断した。

英断でなくても構わない。

これ以上、仲間を失いたくない。


その決断を揺るがすものはない。

そう信じていた。


「私、こいつらを殺す」


今の今まで口をつぐんでいた雪が、口を開いた。


「やめろ無茶だ!!お前一人じゃこの量は....!!」

「いいの。なんとかするから。だから、待ってて」


雪は、向井が先刻俺達に見せたように、涙を流しながら笑いかけた。

雪が傀儡の山に向き直る。

その瞬間、雪の背から吸血器官が皮膚を突き破って出現する。


しかし、それだけではなかった。


「うううっ....!!うあぁあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁっ!!!!」


雪の顔を、うねったような紅い仮面が覆ったと思えば、ヒルのような吸血器官が肥大していく。

次第にその大きさは背丈を超え、雪の身体を飲み込んでいった。


そして、雪は赤い体色を持つ、環形動物のような巨大な異形の生物に変貌した。

隠された能力。雪が仮面を使うことが出来ることを俺は知らなかった。

長年共にいる俺が知り得なかったのだ、本人は隠し通してきたのだろう。


「雪....お前....」


「隠しててごめん。見てられないよね、こんな姿」


「....いや、それがお前の真の姿だというなら、俺は受け入れるさ」


「ありがとう....ごめんね」


ノリックネムカの拍手が劇場内に響き渡る。

それは賛美と嘲笑、そして好奇心によるものだった。


『いやぁ感動させてもらったよ~....じゃあ、この辺で死んでもらおうかな?』

「やってみなさいよ。あなたに出来るならね」

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