第33話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】33 ]

『彼は中々の手練れで、息の根を止めるのは骨の折れることであったと、彼を殺した我が主は仰いました。この刀もついでとして頂戴しましたが、存外に使えるものですねぇ』


奴は嬉しそうに早口でぺらぺらと話す。

持つ盗品の刃の背を、青白く冷えきった指で撫でながら。

仮面に刻まれた「68」の数字が、照明に照らされその溝を強調する。

さらに、ステージ上にも大量の死体が積まれており、やはりその全てに仮面がつけられている。


『閑話休題、そろそろ本筋に....』

「ハッ、形式張った堅い文章送り付けやがって。”最近お前らが目に余ってるから直々に片をつける”....だろ?ノリックネムカ」

『フフッ、流石は”スコルピオス”。洞察は一流ですねぇ』


”スコルピオス”という聞き覚えのない渾名に疑問符が浮かぶ。


「その位わかるっつーの....どうでもいいが、”スコルピオス”ってなんだよ。俺は他の血魔や敵には”サソリ”って呼ばれてたはずだが」

『いやなに、”マスカラーダ”内で貴方の戦いぶりが話題になりましてね?敬意とその脅威を認め、勝手ながら私なりの”敬称”に変えさせていただいた次第ですよ』

「ふーん....お前らにもそういうとこあるんだ」

『で、お相手は何方が?私はてっきりお一人で来ると踏んでいましたので....』


「......相手は、私だ....」


向井が、歯を食い縛りながら前に一歩出る。

その手には稼働状態にある”カマカゼ”の柄が握られている。


『ほう....どうやら何か訳アリのようですねぇ。このロウガサキとやらに恨みでも?』


「貴様が知る必要はない....」

「向井さん、一人でアレを相手するんスか!?あの”ノリックネムカ”、なんかヤバい気配がするッス!!」


末柄は必死に、戦おうとする向井を止める。

そんな末柄に、向井は振り返り、優しく笑いかけた。


「ミチルちゃん、大丈夫....私は必ず勝つから。待っていて」


ノリックネムカはその光景を眺めながらケタケタと笑い、至極愉しそうに小躍りしている。


「これで心置きなく....貴様を滅することができる....ッ!楼ヶ埼ぃいぃいッ!!」

『これだからヒトは、私を愉しませてくれるんだ....だからこそ....!!』


突進する向井によって振り下ろされた鎌の刃を、ノリックネムカは片手で握った刀で軽々と受け止める。


『面白い....』


すかさず向井は、カマカゼの柄の中腹部にあるスイッチを起動する。

高速振動を始める刃は、刀の刀身と激しくぶつかりギャリギャリと音を響かせる。


『なるほど、そんな仕掛けが....刃が欠けてしまいましたよ』

「....余裕綽々ね」

『まさか。私はかなり驚いていますよ?貴女の、愚かしいまでのその無鉄砲さにね』

「減らず口をォッ!!!」


次いで何度も刃を振り下ろすが、ノリックネムカは退屈そうに攻撃をいなし続ける。

互いの刃がぶつかる度に火花が散り、甲高い金属の衝突音が耳をつんざく。


『こんなものですか....それでは、フィナーレといきましょうか?』

「くっ....ッ!!」


転じて激しい猛攻が繰り出される。

一切の隙がない、無数の連撃。

向井の額に脂汗が滲む。

防戦一方。やがてじわじわと細かな傷をつけられ始めてしまう。


『往生際の悪い....これでとどめです』


一瞬の間を置いて放たれる、大振りの、勝利の確信された一撃。

そこに生まれる隙と油断を、向井は逃さなかった。


ノリックネムカの刀が、向井の左肩口にズズッと食い込む。

しかし噴き出す鮮血を振り払うように、そのまま向井は外套に隠されていた腰のホルスターに右手をかける。


『なッ....!銃だと....!?』

「___チェックメイト....ッ!!」


向けられた銃口から発射されたダーツはノリックネムカの胸部に深々と突き刺さり、内部の薬液を迅速に体内へ注ぎ込む。


『麻酔....薬....!貴....貴様に....!?貴様なんかに....ィ....私が負ける....など........!!』


麻酔ダーツ銃。それが向井の切り札だった。

速効性の強力な麻酔薬を注ぎ込まれたノリックネムカは、あえなく床に倒れ伏す。

銃から零れ落ちた空のカートリッジの真鍮が、カランと音を立てた。

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