第32話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】32 ]

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旧ボウリング場での襲撃戦から一ヶ月。

晩秋の候、冬を感じさせる冷風が肌を削るように吹き荒ぶ夜、ロディア宛てに一通の手紙が届く。


それを読んだ末柄が大騒ぎしながら駆け付け、入り口で派手にスッ転んだのが事の始まりだった。


「坂城さん!!大変ッス!!一大事ッス!!宣戦布告ッス!!!」

「........あー....」

「なんスかその空返事!!ヤバいんですッてば!!」


こちとら今の今まで疲れて寝ていたのだからそのような返事にもなるのは仕方がないだろう。と返す気力すらない。


「”マスカラーダ”からの招待状が届いたんです!!」

「へぇー....」


驚きはしているが、今はそれどころじゃない。俺は寝たいんだ。

そう頭の中で呟き、目を閉じるが、間髪入れずに平手打ちが飛んでくる。


「サソリ起きんかいコラァァァ!!!!」

「痛ってェ!!お前!俺店長だよ!?良いの!?」

「知るかッ!!善は急げッスよ!」

「いいじゃんそんなのバックレれば....」

「坂城さんがこないだ、あれだけ暴れておいて向こうが何もしないって有り得ないでしょーが!」

「............そうだな....」


出発の踏み切りをつけようとしたとき、扉が開け放たれる。


「話は聞かせてもらいました!」


ばっちり準備を済ませた向井が、ドヤ顔で入り口に仁王立ちしている。

その顔にはかなりの自信が窺えたが、俺達が突然の事態に呆けていると、その頬はみるみるうちに紅潮していく。


「「........??」」

「ごめんなさい、こういうの一度やってみたかったんです....」

「私もついてくよっ!」


向井の背後から、雪が顔を出す。

その身には見慣れない黒いドレスを纏い、こちらも準備完了のようだ。


「どいつもこいつも....寝起きなんだ、”尾”はろくに出せねーが....行くわ」


寝起き眼で車のキーを引っ掴み、足早に向かおうとする三人の後を追う。

また、疲れることになりそうだ。


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車内。なし崩しに着いてきてしまったが、色々と聞きたいことがある。


「....末柄、どこに向かえば?」

「郊外にある旧映画館ッス。人目にもあまりつかないし、こちらにも都合がいいッスね」

「........誰が待ち構えてる」

「招待状の差出人から察するに....”ノリックネムカ”と名乗る人物ッス。予備情報も無し...くれぐれも油断はしないでくださいよ」

「わかってるさ....」


ほどなくして劇場に到着する。

人気はなく、蔦が絡み付く壁面から人の出入りすらないことが理解できる。

引き戸の取っ手は錆び付き、重く軋む音を響かせる。


内部に入り込むと、予想に反し照明が点いている。

”ノリックネムカ”とやらが準備したのだろうが、その時点から彼奴の性格は窺える。

廊下にあしらわれた薔薇の装飾、絢爛なガラス照明の数々。

享楽主義の異常者。奴の人物像を、そう俺は直感で受け取った。


座席が並ぶ上映室。

その座席の全てには、のっぺりとした模様も何もない赤い仮面をつけられた死体が、大量に座らされていた。

死体の年齢、性別には共通性がなく、老若男女様々。

仮面には重複しない二桁の数字が書き殴ったような雑な字で刻まれている。


そしてステージの中央に、刃がサメの歯の如くギザついた刀を手にした、青色の仮面をつけた男が、こちらに背を向けて立っている。

それを見た向井がはっとした様子で息を呑む。


「楼ヶ埼....!?」

「....奴を知ってるのか」

「かつて、”クローバー”の管理官だった男です...何故こんなところに...」


話す声に気付き、楼ヶ埼は振り返る。


『あぁ、いらしてたんですね!初めまして、私が”ノリックネムカ”です』

「楼ヶ埼...貴様....っ!!」

『ロウガサキ....?この男の名ですか?』


奴のその言葉が引っ掛かる。

まるで自身が楼ヶ埼であることを知らないかのようだ。

奴は自身の胸に手を当て、続ける。


『”コレ”が貴女の知るそのロウガサキであると言うなら、それは間違いですよ』

「....どういうことだ」

『この男は、既に死んでいますから。この身体はあくまで借り物に過ぎないのです。さしずめ、死者を操る能力といったところでしょうね、私の力は』

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