第31話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】31 ]

「貫井さん、俺は屋上に向かう。退路確保を頼みたい」

「解りました。後はお任せします」


何か引っ掛かるものを感じつつ、屋上へ急いで向かう。

屋上に通じるドアを開くと、屋上の端で刑事ドラマの犯人よろしく末柄をガッチリ確保している顔色の悪い男が、ナイフを手に震えながら何やら喚いている。


『お、おいィッ!!お前ら何者なんだ!?いきなり仲間が....全員やられて....ッ!!』


確かにそいつの体には俺が与えた傷の痕が残っている。

そいつはある程度予想した通り再生能力を持っているようだが、血を凍らせる猛毒のお陰で再生しては傷付き、再生しては傷付きを繰り返しているらしく、苦しそうにしばしば呻いている。


「”ヴリコラカス”....って、言ってもわかんねェか。最近設立したばっかだし」

『ヴリコラカス....!?』

「まァー....知らなくても良いだろ。お前もあの仲間みたくなるし」

『やめてくれ....俺だけは見逃してくれ!!』

「いやァ、そうしたいのは山々なんだけど、もう結構毒回っちゃってそうだし。というか....」


末柄にコールをかける。


「─あ、もしもし?─」

「お前、なにやってんの?」

「─だから捕まってますって言ってるじゃないッスか~─」

「いい加減白状しろ。今”捕まってる”の、お前の分身だろ」

「─あ、バレてましたかぁ~....で、コイツどーします?─」

「どうするって....片付けるだけだけど」

「─分身、ある程度感覚共有してるんですけど、胸とかに手当たっててムカついてるんスよねー....─」


知ったこっちゃない。

しかし、そういうことなら分身ごと攻撃を仕掛けるわけにはいかない。


「お前に当たっちまいそうだから、ちょっと振り解くなりやってみて?」

「─そッスね、やってみます!─」


末柄の分身が力の限りジタバタと足掻く。

しかしもがきにもがいた末、なんと浮いた踵が男の股間にクリーンヒット。

思わぬダメージに、男は声にならない声を出しながら崩れ落ちる。


『....ッ!!?ッ........ッァ....!!』

「おいおいお前マジか....」

「─アレ?なんかマズかったッスか?─」

「いや別に....なんでもない....」


なんとか痛みを凌ぐことに全神経を割いてしまっている男に近寄り、脚に絡み付いた尾に毒液を充填する。


「あ、そうだ。お前”マスカラーダ”のメンバーだったよな」

『ぁあ....そ....うだけど....』

「お前らンとこのリーダー、どこにいるか知ってるか?」

『知らねぇ....知ってるのはリーダーの”存在している事実”だけだ....姿を見たことなんかもっての他....』

「そうか。それじゃ───」


踵落としの要領で毒針を突き刺そうとした時、その男は横から飛来した無数の羽根に貫かれる。

血魔の能力の源たる血を凍結させる猛毒が回っていたせいで男はその再生が間に合わず、苦しんだ後に絶命した。


そして、その死体の上に、黒い刃の羽根を広げた何かが降り立った。

カラスの嘴のように尖ったマスクをつけ、首を不規則に細かく傾げている。


『あー....ここらに溜まってた奴等、アンタどーした?』

「....殺した」


あの羽根、見覚えがある。

以前の”クローバー”メンバーであり、血魔となった青年。確か久家といったか。

何故ここに来たのだろうか。

それに、以前より見た目が明らかに異質なものとなっている。


『うわぁ遅れた!!クソ....喰い損ねたじゃねェかよォ!!!』


突然激昂し、そこら中に羽根を撒き散らす。

甲高い衝突音を響かせ、コンクリートの床面に無数の羽根が突き立つ。


『まァいいや....お前、ケッコー強そうだし、喰うのは後に取っといてやるわ。ケーキの苺は取っておく派だったしな、僕』

「.......そうかよ」

『じゃ、近いうちに会おうぜ、”サソリ”』


そう言い残すと、久家は羽を広げ、屋上から飛び降りて何処かに消えていった。

....これは、向井には黙っていた方がいいな。


誰の仕業か知らないが、久家はまた進化を遂げた。

底が知れないことに驚嘆すると同時に、一抹の不安が過る。


「奴との接触がこれ以上なければいいが...」

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