第19話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】19 ]

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篠突く雨の中、向井 紀は走っている。

唐突に消息を絶った仲間の元に向かうべく、雨に濡れることを厭わず、傘も差さずに。


指し示された座標まではあと数百メートル。

血の臭いが鼻をつく、角を曲がる。


「................」


そこには、夥しいほどの血糊と、動力を失った”ストライカー”が転がっていた。


「........久...家....?」


血にまみれたストライカーを拾い上げる。

エージェントの装備には、万が一所持者が死んだ場合のため、全て録音チップが内蔵されている。

それを抜き取れば、彼がどのような結果を辿ったかわかるかもしれない。


....そんな冷静な思考をしてられるほど、私は冷たい人間なのか。

あんな言葉を本気で投げかけた相手が、死んでしまっているかもしれないというのに。


葛藤しながらも装備されているインカムに録音チップを挿入し、状況を探る。

しばらく聴き続けると、久家の言った「霧化」という単語が引っ掛かる。

相手はそのような能力を持っていることが、これで明らかなものとなった。


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重たい刃物のような何かで、断ち切る音が数回響く。


『あ~あ、やっとこさ終わりかよ....原形残しとかなきゃ素材にゃ不十分だよねェ....』


『......チッ、この野郎援軍呼びやがったな....クソが!!』


バキッ、と踏み潰す音をマイクが拾う。

十中八九、粉々になったインカムだろう。


『ヒャハハッ、近々また会えると思うからよ、楽しみに待っとけ四つ葉共』


声の主が立ち去る足音。


         ──────────


「........久家....」


本来録音チップを抜き取るケース自体が少なく、所持者が死んだ後の場合が多いため装備ごと破棄されることがほとんどであるが、私はこれを保存しようと思う。


自身の悔恨であり、二度目の喪失の証になるからだ。

久家が生きているとは信じたい。が、纏わりつく血の臭いがそれを許さない。

....少なくとも、彼の亡骸を見るまでは。


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本部に戻り、楼ヶ埼に報告をする。

気は進まないが、義務であるために致し方ないことだ。


「....それで、久家の死体は見つかっていないと」

「......久家は生きています。私が探し出してみせます」

「無理だ」


一蹴するように、楼ヶ埼は食い気味に返す。


「奴は死んでる。絶対に。気を欠くとこうなると、奴は身に染みてわかっただろう」

「............」


砕けんばかりの力で歯を食い縛る。


「なんだ、奴が惜しいか」

「....はい」

「ならば、死体探しでもなんでも好きにしろ。貴様の任務は全てキャンセルした」

「........は....?」

「....行きたければ行け。俺は止める気はない」


この男なりの気遣いなのだろう、私は素直に受け取ることにした。

こちらに背を向けたままのこの男は、ほとほと何を考えているかわからない。


「....ありがとうございます」

「........」


その場を後にする。

ずっと仕舞い込んでいた”カマカゼ”のメンテナンスをしなければならない。

これは、私の、復讐だ。

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