第16話
[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】16 ]
店内は案外落ち着いた雰囲気を持つ、アンティーク調インテリアに飾られた雑貨屋のようだった。
彼女の知り合いだという桜庭と名乗った女性に、”特等席”に案内された。
桜庭さん、妙にニヤついているように見えたが、何故だろう。
”特等席”はテラスのような屋外にあり、ガラス張りの床から店内を見下ろすことができた。
「桜庭はこの時のために急ピッチでここを作ったと言うが....どれだけ気合いを入れていたんだ....」
「まぁ...良いんじゃないですか?雰囲気も、僕は好きですよ」
「余計なことは考えない方がいいな....」
「そうですね....」
座席につきメニューをしばらく眺め、程なくして注文を済ませた。
僕はオーソドックスなサンドイッチにしたが、彼女はメニューの中でも一際目立っていた、ここの看板商品らしいパンケーキセットを注文していた。
皿が到着するまでの間、互いになにも話せずにいた。
実に気まずい。
僕の気晴らしのために誘ってくれたというのに、これでは面目が立たない。
桜庭さんが、満面の笑みで皿を運んでくる。
何がそれほど嬉しそうなのだろう。
ふと、向井さんに目をやる。
「........♪」
こちらも満面の笑みだ。
見たことの無い、物凄い笑顔だ。
有名人のサインや握手なんかよりこれは他人に自慢すべき珍しい光景なのではないか。
いや、やめておこう。殺される。
パンケーキを頬張る彼女を眺めているといい意味で食欲が失せる。
目の前のサンドイッチにまるで手が伸びない。
「....甘いもの、お好きなんです?」
「.....ん♪」
「................」
「........ふふ~ん♪」
まるで無防備だ。餌を与えられた小動物のようにも見える。
結局、ほとんど手をつけないまま彼女が食べ終わるまで眺め続けてしまった。
自分の過失ではあるが、食べそびれてしまったことには変わりない。
僕が機嫌を悪くしていると勘違いしていなければいいのだが。
何も物事が進まないまま、気の流れるまま街を歩いていると、何やら騒がしい。
曲がり角を見ると、そこら中に赤い提灯が吊るされている。
祭りでもやっているのだろうか。もう秋に入っているというのに珍しい。
行くと、続く道の両端には屋台が立ち並び、かなり賑わっているようだ。
「...行きます?」
「....行こう。こういう催事は久しいからな」
通りに入ろうとすると、右にあるテントが目に入った。
幟にでかでかと記された文言によると、浴衣を無料でレンタルしているらしい。
「着ますか?折角だし....」
「..........そう、だな....」
二人が迷っていると、呼び込みの女性が声をかけてくる。
そして誘われるがまま、テントに入ってしまう。
浴衣。初めて着たかもしれない。
慣れない様式に戸惑いながらも着替え、テントから出る。
二人ほぼ同時に飛び出し、顔を見合わせる。
「....とても似合ってます」
「........」
そして照れた微笑を浮かべる浴衣姿の彼女の背後、夕暮れの空に、火と光の大輪が打ち上がった。
もう少し、見やすい場所へ行こうか。
そう思うやいなや、彼女は、照れ隠しだろうか。僕の腕を勢いよく引き、通りの坂を駆け上がっていく。
「ちょっ、向井さん....!?」
「.........っ」
そして、坂の頂上には寂れた神社があり、その階段の上から花火を見物することができた。
他の見物客はおらず、二人きりとなった。
「向井さん、いきなり走り出してどうしたんです....!」
「........いいか、久家。一度しか言わないから、よく聞いてくれ」
「....はい」
彼女はこちらに顔を寄せ、呟くように言う。
「久家、私は─────」
その時、今日一番となった特大の打上花火が直上の天に炸裂し、そこから先の言葉を掻き消してしまった。
「....えっ?」
「言っただろ、一度しか言わないと」
その光に照らされた満足げな横顔は笑みに満ち、何かを成し遂げたような喜びを湛えていた。
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