第15話
[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】15 ]
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あの出来事から二日。
僕は休暇を一日だけ取ることにした。
...あの母親の悲痛な叫びが頭から離れない。
楼ヶ埼に頭を切り落とされる瞬間、母親はこちらに助けを求めるような目を向けていた。
その視線が、痛い程に突き刺さっていた。
そんな思考を、携帯電話の着信音が切り裂いた。
向井さんからの着信だ。
「....もしもし」
「おはよう。休息は取れたか?」
「......えぇ、一応。考えはついたつもりです」
「そうか。一つ提案なのだが、食事にでも行かないか?」
「......えっ?」
思いがけない”提案”に、すぐに返答ができず、言葉を詰まらせてしまう。
「気分転換にはなるだろう?では、昼に駅前公園で待っている」
半ば無理矢理約束を取り付けられ、こちらが答えるより早く電話は切れてしまった。
さて、ちゃんとした着替えを引っ張り出して来なければ。
エージェントとなるため只管研鑽を積んできたために、異性との関わりなどはそれほど多くなかった。
そんな矢先に、先輩からのお誘い。
どうしたらいいのかわからず、パニックになどならないよう気を張らなくてはならない。
不安を押さえ付け、玄関のドアを開けた。
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時刻は昼前。空は晴れ渡り、丁度飯時といった感じだ。
着いた駅前公園の中心、雑じり気のない蒼穹の下、彼女は立っていた。
普段の結い髪を下ろし、固着していたイメージをいとも容易く覆す淡い水色のワンピース。
予想だにしなかった、思わず見惚れる美しい姿をした女性が、そこにはいた。
「....ん、来たか」
「........」
「....どうした、何を呆けている」
「......かわいい....」
「んなッ....!?」
気付けば、本音が口をついて出てしまっていた。慌てて自らの口を塞ぐが、もう手遅れだった。
「........あっ!!すっ、すいません急にこんなことを!」
「いや、いいんだ....」
彼女の頬がみるみるうちに紅潮していくのが目に見えてわかる。
目を逸らしながら彼女は恥ずかしそうに言葉を紡ぎ出す。
「そんなこと人に言われたの、初めてだったから....」
大変だ。冗談ではなく鼻血が出るかもしれない。この人にこんな一面があるとは知らなかった。いや、知り得なかった。
「........じゃあ....行こうか」
「......はい....」
滑り出しは最悪だった。突拍子の無いことを口走ってしまったお陰で、彼女はずっとこちらに顔を背けている。
気を悪くしたのなら、謝らなくては。
「あ、あの~....」
「なっ、何!?別になんともないよ!?」
「まだ僕何も言ってないです....」
「あっ....」
まずい、僕のせいで彼女が、クールな女エージェントで通っている彼女が、この上なく取り乱してしまっている。
どうにか弁解しなければ、僕の明日が危ない。
「さっきは変なことを言ってしまって申し訳ないなぁと....」
「い、いや....大丈夫....です....」
これは駄目だ。何を言おうと全て裏目に出る気がしてきた。
彼女の顔がますます赤くなる。
そうだ、元より食事のために来たのではないか。本来の目的を忘れかけていた。
「そうだ、昼はどこで食べるんです....?」
「あっ、そ、そうね....!」
調子を取り戻し話してくれた彼女によると、予め予約を取っていてくれたそうで、長く付き合っている知り合いが経営する洋食店なのだという。
店名を「カレンデュラ」。「悲嘆」「別れの悲しみ」といった花言葉を持つ、金盞花の別名だ。”クローバー” メンバー
久家 文哉(くが ふみや)
新たにクローバーに入った新任エージェント。クローバーの倫理観を疑い、楼ヶ埼と敵対している。
装備:血魔制圧用バトルデバイス”ストライカー”。自在に伸縮する金属製の警棒で、スイッチを起動すると電流が流れ、電撃による無力化も可能。
向井 紀(むかい かなめ)
久家の世話役を務める先輩エージェント。
自身の子供と夫を血魔に殺害され、復讐のためにクローバーに加入。
装備1:無音麻酔ダーツ拳銃”サイレントバイパー”。装弾数4発。久家曰く「ネイルガンのような形状」。”カマカゼ”を使いたがらない向井のために狩野が誂えた非殺傷装備。
装備2:血魔排除用バトルデバイス”カマカゼ”。大鎌の形状を取り、刀身を高速振動させることで並外れた切断力を誇る。向井は一度もこれを使用したことがない。
楼ヶ埼 京助(ろうがさき きょうすけ)
”クローバー” 管理官。
エージェント達には影で冷血動物と揶揄される冷酷な人物で、相手が如何なる事情を抱えていようと敵であると判断すれば容赦なく殺害する。
装備:血魔排除用バトルデバイス”クレインソード”。日本刀の形状をした武器で、その特徴的なギザ刃の隙間には斬りつけた血魔の血が溜まる。
噂によると血魔を素体として製作されたものとされ、ギザ刃に溜まる血を啜りその鋭さを
増しているという妖刀であるらしい。
狩野 秀秋(かの ひであき)
”クローバー”装備開発部の主任。アフロヘアーがトレードマークの、装備の製作を生き甲斐とする変人で、製作に没頭するあまりに常に寝不足。
趣味であるアニメ鑑賞もそれを助長する原因とされ、一部の武器には彼が過去視聴した作品に登場したものをオマージュしたものが存在するらしい。
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