第14話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】14 ]

振り返るとそこに立っていたのは、皺一つ無い背広に身を包んだ、長身痩躯の男。


「....やけに遅いと思えば、何をやっている。貴様ら」

「....!....楼ヶ埼 京助....!」


楼ヶ埼 京助。”クローバー”を統括する管理官で、エージェント達には陰で「冷血動物」と揶揄されるほどの冷酷無比な人物。


「やはり幼子に手をかけるのは怖いか?向井 紀」

「........っ....」


見下したような冷たい眼で、楼ヶ埼は呟くように言う。

そして、つかつかと母娘の前に立ち、女児の首を、母親から引ったくるように掴む。

その光景から目を背けながら、向井さんはここから立ち去ろうとする。


「....行くぞ、久家」

「....しかし....ッ!!」


再び前方に目をやると、楼ヶ埼は女児の首を掴み高々と持ち上げている所だった。

自分と引き換えに我が子を助けてほしいと懇願する母親を尻目に、楼ヶ埼は手に持っている刀の切っ先を、女児の首へ躊躇なく刺した。


鮮血が噴き出、楼ヶ埼の足元、服、顔を紅く染めていく。

女児は、小鳥が踏まれたようなか弱い呻き声を残し、息絶えた。

母親が絶叫する。

その叫びを疎むように、楼ヶ埼は手から落とされた我が子の亡骸を抱え泣き叫ぶ母親の首へと、刀を振り下ろした。


叫びが止む。残るは閑散とした静寂だけ。

内に渦巻いていた怒りが、一挙に溢れ出す。


「な....ァッ....!!何やってんだ手前ぇえぇぇえぇええぇぇぇぇッ!!!!」


駆け出した勢いのまま、楼ヶ埼の胸ぐらに掴みかかる。


「待て久家ッ!!」


向井さんの制止を振り切り、半分叫ぶように楼ヶ埼へ捲し立てる。


「お前ッ!!何故あれほど残酷にやる必要があったんだ!!母親の前で子を殺すなんて、お前には人の心がねぇのかぁッ!!!」


答えを待つ間も無く、顔面を殴り付ける。

楼ヶ埼はペッと口内の血を吐き、何食わぬ無表情で答えた。


「無いね」


「は........?」

「心なんてものは無いと言っている。手を離せ、死にたいか」


呆れ返り、掴んでいた手を離す。

この男とは絶対に相容れないと確信した。


「今回は多目に見てやる。お前のような善人ぶった新人にはよくある事だからな。ただし、次余計な真似をしたら反逆行為と見なし、お前を殺す。わかったら戻って始末書を書いてこい」


そう言い残し、相変わらずの無表情で立ち去る楼ヶ埼を、俺は見えなくなるまで睨み付けていた。

あのような性格をしている人間が、人々を守る役目を担っていい訳がない。


立ち尽くす僕の肩を、向井さんが叩き、先程とは打って変わって柔らかな語り口で言葉をかけた。


「......戻ろう、久家」

「............」

「....君のような倫理と慈善を重んじる人間が、あの男と関わってはいけない」


「君は、人間として正しい考えを持っているよ」


その言葉に、少しだけ救われた気がした。

少しだけ考える時間が欲しかった。

高鳴っていた心臓が、仮初の安息に押し黙っていく。

僕はどうありたいのか。

答えは見出だせずにいる。

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