第13話
[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】13 ]
すると、会話を遮りフロア全体にけたたましい警告のサイレンが響き渡る。
これは、血魔の出没を表すものだ。
「意味は分かるな。行くぞ」
「は、はい!」
ビルを出て、停めてあった黒いセダンに乗り込む。
この車には自動運転で目的地へと向かうプログラムが組み込まれているため、人による運転は必要ないと講習を受けていた。
向井さんは念入りに、先程支給された装備を点検している。
小さなネイルガンのように見える、拳銃のような武器だった。
「....向井さん、それは?」
「麻酔弾を発射する無音拳銃だと書いてある。開発コードは”サイレントバイパー”。装弾数は、4」
「.....」
「なんだ、私の射撃の腕を疑っているのか」
「いっ、いや!滅相も御座いませんっ!!」
「......これでも射撃は得意なの」
「....は、はぁ...(なの....?)」
「エージェントへ通達。目的地への到着を確認。ナビゲート運転を終了します」
「...行くぞ」
「....はい」
目的地は、意に反して老朽化したアパートだった。
階段を見ると、点々と血痕が見て取れる。
階段をゆっくりと上り、血痕の途切れている部屋のドアの前に付く。
向井さんのアイコンタクトを受け取り、ドアを蹴破る。
中は薄暗く、あちこちに血でつけられた手足の跡が残っている。
「....慎重にな。どこに潜んでいるかわかったものじゃない」
その言葉にハッとし、手に握っていた”ストライカー”を起動させる。
「血魔制圧用バトルデバイス、”ストライカー”。起動。”クローバー”所属エージェント、久家 文哉を確認。バッテリー残量70%。機能の行使を許可します」
やっぱりこれには慣れない。
瞬間、ジャキンと展開する金属音が鳴ってしまう。
しまった。この物音を失念していた。
「馬鹿!まだ展開は...!」
『___うあぁぁあぁぁぁっ!!』
物陰から人影が飛び出してくる。
その人影は、若い女性だった。
女性はこちらに掌を向けると、そこから目が眩む程の凄まじい閃光を放った。
「なッ!?」
「.....クッ...」
思わず目を腕で覆ってしまう。
前方でガラスの割れる音が聞こえる。
おそらくは、窓を突き破り逃亡したのだろう。
窓に続く足跡は二つ。先程の女性のものであろうものと、子供用の靴のような小さな足跡だった。
「....子供...?」
「チッ、逃がしたか、追うぞッ!!」
「は、はいっ!」
血の痕を追い、走り続けると同時に、頭が葛藤を始めている。
きっとあの血魔は親子で逃亡している。
二人に追い付いた時、組織の理念に基づき、僕は武器を振るえるのだろうか。
それとも、倫理を冒すことに怖気付き、攻撃を躊躇ってしまうのか。
少なくとも、僕の隣を走る上司は、後者なのだろう。
しばらく走るうちに、袋小路に追い詰めることができた。
憔悴しきった表情の女性が、幼い少女を抱きうずくまっている。
「”クローバー”です。大丈夫、危害を加える気はありません、ご安心を....!」
何を口走っている。
”クローバー”は血魔狩りの組織。追い詰めた血魔を善意のためにみすみす逃してしまっては面子が立たないではないか。
気付けば、手が震えている。
レバーに上手く手をかけられない。
言動と行動の乖離。完全なる焦りだ。
「あ....あれ...?おかしいな....」
「久家、何をやっている!さっさとそれで....!」
気づいてしまう。
同様に向井さんも、冷徹に振る舞い表に出さないようにはしているが、震えを抑えられていないことに。
恐怖している。この母娘を傷つけることに、向井さんは強く恐怖しているとわかった。
「もういい....私がやる」
”サイレントバイパー”を取り出し、母娘に向ける。が、まるで照準が定まっていない様子だ。
すると、背後から革靴の足音が近付いてくる。
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