第12話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】12 ]

姿勢を正し、ネクタイを締め直す。

腕時計の指し示す時刻は正午を過ぎた辺り。

”クローバー”新任エージェントの久家 文哉(くが ふみや)は、緊張の面持ちでエレベーターの到着を待っていた。


「......ふぅ」


ポーン、という到着ブザーに溜め息一つ。足早に乗り込む。

すると、既に乗り込んでいた人物に気づく。

向井 紀(むかい かなめ)。女性ながら数々の功績を挙げている敏腕エージェントだ。

またとんでもない美人であるためアカデミーの生徒からは羨望の眼差しを終始向けられている。


「....君、久家くんだね」

「はっ、はいっ!」


まさか話しかけられるとは。

自分もこの人を尊敬し、一度は憧れた人間の一人だ。

しかも、名前を知ってくださっているとは、光栄の極みだ。


「君は確か、アカデミーを首席で卒業したようだね」

「はっ!お覚えいただいて光栄です!」

「この世界は、かくも厳しい。覚悟しておくことだな」

「はい!精進致します!」

「これから装備の受領だそうだね。折角だ、案内しよう」

「ありがとうございます!!」


配属されて早々こんなことになるなんて思っても見なかった。

度重なる光栄なる出来事に、緊張の糸はぴんと張り詰めたままだ。


二人でしばらく歩き、到着したのは”クローバー”の開発部。

エージェントらの装備をここで作っていると講習では聞かされたが、自分はどのようなものを渡されるのだろうか。


「狩野、調子は」


「んー、ぼちぼちかねぇ」


積み上げられたコンテナの隙間から顔を出したのは、モジャモジャのアフロヘアーが目を引く”クローバー”直属の装備開発者、狩野 秀秋(かの ひであき)だった。


「お初にお目にかかります、久家 文哉と申します!」

「おーう、君が久家くんかい。君のはさっきできたばっかりだ。ちょうどいい、気晴らしにでも振り回していくといい」


狩野さんが手に持つリモコンのスイッチを入れると、打ちっぱなしのコンクリートの壁とばかり思っていた壁面が開き、白いタイルの敷き詰められた簡素な空間が出現した。


「....その仏頂面と一緒にいりゃあ、嫌でも緊張するだろうからねェ」

「....余計なことを言うな、狩野」

「すまんすまん。じゃ、楽しんでくれ」


続けて狩野さんが二つ目のスイッチを入れる。

すると、床の真ん中が開き、衝突試験で使われるようなダミーの人形がせり出てくる。

同時に、横の壁から30㎝程の金属棒が突き出、狩野さんはそれを取るように催促する。


手に取ると、機械のような、無機質な音声アナウンスが耳に飛び込んでくる。


「血魔制圧用バトルデバイス、”ストライカー”。起動。”クローバー”所属エージェント、久家 文哉を確認。機能の行使を許可します」


「...声が...!?」

「あぁ、そりゃ指向音声だから、君にしか聞こえてないよ」


数秒経つと、金属棒だったそれは一瞬にして三倍以上の長さにまで伸長する。


「うわぁっ!??」

「どうだい、傑作だろう。底部を叩くと戻り、棒を振ると延びる仕組みだ」


言う通りに底部を掌で押し込むと、棒は一瞬で縮小し元の長さに戻った。


「よし、次はもう一度延ばして、柄についてるレバーを引いてみな」


棒を振って延ばし、レバーを引く。

すると、バチバチッという音と共に棒が帯電し、青い光が隙間から漏れ出る。


「”ストライカー”、荷電モード起動。バッテリー残り77%。慎重な運用を推奨します」


「クゥ~ッ!何度見ても痺れるぜェ!ソイツでぶっ叩かれりゃどんな大男だろうとイチコロさ!試し斬りならそこの人形を使え。替えならあるから、遠慮はいらねーぞ!」

「........よしッ!」


研鑽の日々を思い出すように、人形に振り下ろす。

触れた瞬間、空間に電気が走り、叩きつけた面は黒く焦げかけている。


「良いね良いねェ!君なら使いこなしてくれそうだぜ!徹夜して作った甲斐があったってもんだよ!」

「すみません、僕のためにこんな...」

「良いんだよ気にすんなって~。じゃ、僕は開発に戻ることにするよ。あ、向井ちゃんのはそこのアルミケースに入ってるから、勝手に持ってけ~」


後ろ手に軽くひらひらと手を振り、狩野さんは扉の向こうへ消えていった。


「準備万端のようだな、久家」

「勿論です!今なら何匹でも...!」

「あまりはしゃぐなよ、久家。戦いでは、油断した者から死ぬのが世の常だ」

「....はい、了解しました!」


やはり厳しい人だが、尊敬するにはそれくらいではないといけない。

新任の自分は、上から物を言える立場などではないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る