第10話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】10 ]

残りの一本を手にした甲原が、仮面の下に隠された口を歪めて笑いながらこちらへ近づく。


「グガァッ...ァアァァァァアァァ!!!」


明らかに再生の速度が落ちている。

四肢の刺突傷すら治癒が間に合わない。

やられる。


『さぁ、貴方の力も貰おうかしら...?』


その瞬間、手に握られた剣をはじめ、身体に刺さった剣が全て、灰のように朽ち始める。


『はぁ....ッ!!?』


朽ちる剣はやがて拘束を解き、身体は床に落とされる。


『ふッッッざけんなよ!!!?今からって時に!!なんで!!なんで力が使えないッ!!?』


刀を拾い上げ、深く腰を落とし、下段に構える。

一刀の下に斬り捨ててやる。

俺が、全て終わらせるんだ─────。


間合いを詰め、真っ二つになるように斬り上げ、命を断ち切る。

甲原は声も出さずに崩れ落ちた。

唐竹割りにしてやったんだ、起き上がることは絶対に有り得ないだろう。


絢香を探す前に、やることがある。

この仮面を剥がさなければならない。

理性と正気を手放したこの俺には、彼女に顔を合わせる資格がない。

仮面の縁に指をかけ、力を入れるが中々剥がれない。

どうやら縁だけは皮膚に張り付いているらしい。


「剥ガ...レろ...剥がれろぉおぉぉぉあぁぁぁあぁぁッ!!!!」


ブチブチと、皮膚ごと仮面を無理矢理引き剥がす。

さっきのラッシュのおかげで血のエネルギーは尽きてしまい、皮膚が戻らない。


仮面を引き剥がすと、それは瓦解し、ボロボロと崩れて消えてしまう。

意識が戻り、正常な判断力が蘇る。

絢香を探さなくては。


手足から血を流し、歩く。ビル中を隅々まで探して回る。

そして、屋上に辿り着き、そこに絢香はいた。

気を失っているようだが、怪我はないらしい。


だが絢香ともう一人、ローブを纏った男が座っている。

俺と目が合うと、男はこちらに話しかける。


「...あんた、吾立か?」

「.....なんで知ってんだ」

「絢香ちゃんがずっと魘されながらその名を呼んでたもんでな。どうやらお前の助けを望んでたようだぜ。甲原に聞いていた”血の回帰”とは、お前の事かね?」

「なんだか知らねぇが....その子は俺が預かる....」


血の溢れる足を引きずりながら、歩み寄る俺に、男はこう告げる。


「お前、ウロボロスって呼ばれてたぜ。自分の血を飲めば傷が治るんだとよ」


少し疑いはしたが、試す価値はありそうだ。

手の甲に口をつけ、滴る血を少し啜る。

するとすぐに傷は治癒して元通りに再生し、痛みも消え去った。


「な?言っただろ?家まで送っていってやるよ。絢香ちゃん連れて降りてきな」


男はそう言い残すと、階段を下りていった。


気付けば、絢香には何故か喪服のような黒いドレスが着せられている。

兄を失ったことに対する皮肉のつもりか。

虫酸が走る。

絢香を抱き上げ、ビルの階段を下りていく。


ビルを出ると、男は車に体を委ねて寄りかかり待っていた。


「乗れ。場所はわかってる」


「あんた....何者だ?」


「いやなに、ただの常連客さ。坂城 颯介(さかき そうすけ)という。よろしく頼む。っと、握手は今できねぇか。悪い」


そう言い差し出した手を引っ込めると、坂城は運転席につき、後部座席のドアを開く。


「ホレ、乗れよ。別に拉致ったりしねぇよ?」

「.........あぁ」


乗り込むと、坂城は慣れた手つきで車を走らせ、程無くしてロディアに到着した。


「ここだろ?お前んち」

「違うっつったら嘘になるが....」

「だな」


坂城はまるで周知の常識であるかのようにスムーズに勝手口へ向かい、そこから店内に向かっていった。


「絢香ちゃん寝かしてきな。起きるまでそっとしとけよ?」

「....というかオッサン、なんで絢香の名を?」

「言っただろうが、俺は常連客だ。ここでたまに従業員として働いてるのを見たことがあんの」

「そうなのか、初めて知った...」

「オイオイ、彼氏ならそのくらい知っとけよな」

「はっ、はぁ!!?そんな関係じゃねぇよバカ野郎!!」

「あ、そーなの?でも満更じゃなさそうじゃないの」


随分ペラペラとやかましいなこのオッサンは。

少しは状況を考えてもらいたい。


「で、俺が話したいのは、あの甲原についてだ」

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