第4話

[ 【βρυκόλακας -ヴリコラカス- 】4 ]

マスターにも顔を合わせないと。

これから世話になる人物であることは確かだから。

控え室兼リビングらしい部屋を出ると、店内らしき空間に着いた。

洋風の木製机が並べられた、落ち着いた雰囲気のある店内であった。


カウンターの裏にはカップの手入れをする女性がおり、こちらに気づくと優しい微笑みを見せ、歩み寄ってくる。


「初めまして、私、「ロディア」のマスターさせてもらってます、甲原 深怜(かんばら みさと)と申します~」


ふわりとした柔らかな笑みを浮かべ、頬を少し赤らめる。

差し込む陽光に照らされ、その笑顔は一層輝いて見えた。


「ど、どうも...」

「吾立くん。でしたよね?」

「はいっ!そうです!」

「血魔としての生活、大変かもしれないけど頑張ってくださいね」

「頑張ります!!」


戻っていた絢香に、頭を叩かれる。


「なにデレデレしてんのよ。行くわよ」

「え、行くってどこに」

「最近暴れてる血魔狩りを倒しに行くの。殺さない程度にね」

「あぁ...」

「マスター、いつもの下さい」

「はぁ~い」


店の奥に軽やかに駆けていった甲原さんは、ストローの刺さった、ファーストフード店のドリンクのような容器を持ってきた。

絢香はそれを受け取ると、一気に飲み干した。


「ヒバリ、それ何?」

「ん?マスターの血だけど?言ったでしょ、マスターは血魔にも効く血を持ってるって」

「そうだったな...」


「吾立くんもどうです~?」

「や、いいっす。俺燃費良いらしいんで!」

「うふふっ、頑張ってね」

「はぁいッ!!」


再び頭を叩かれる。さっきより痛い。

そして、絢香は俺に妙に重たい、細長い袋を手渡す。


「んっ」

「何これ、袋...?」

「模造刀。兄貴に預かってたやつ。これなら並の血魔だったら殴り倒せる」

「へー...力技だなぁ...」

「あんたにはこういうのが合ってる」

「貰うぜ。剣道やってたんでなァ。得意分野だ」

「そ、良かった。じゃ行くわよ」

「おうッ!」


カランカランと音を立ててドアベルが揺れる。こんなに意気揚々と扉を開いたのは久しぶりだ。

俺は、非日常へと足を踏み入れた。


────────────────────


最近、血魔がやたらと多く出没するようになった。

”クローバー”の中でも知られざる穏健派である俺は、奴等を痛め付けるのには抵抗があるが、流石にこの事態は見過ごせない。

いくらなんでも多すぎる。増えすぎている。

ザザッというノイズに続き、ナビゲートする後輩の声が通信機から聞こえる。


「雲雀さん、準備良いです?」

「あぁ...」

「アレ、元気ないっすね」

「ただの疲れだ。最近多いだろ、奴等」

「ですねぇ...でも雲雀さんならどうにかなるでしょう」

「確かにそうだな」

「否定しないんすね。あ、そろそろ着きますよ」

「....了解」


郊外、目の前にそびえる、ボロボロの破棄されたビル。

人間社会に少なからず負い目を感じる血魔が潜むにはうってつけだろう。

強化チタン製の特殊警棒を展開し、ゆっくりと内部に足を踏み入れる。


鬱蒼とした雰囲気。いかにも何か居そうな。

標的は、暴走し見境なく人間を襲い続けている血魔だ。

既に自身の肉親すら手にかけているという噂すら立っている。


「....居ます?」

「いや、見当たらねぇ.....待て、いたぞ」


中腹までフロアを上がり、その中心に奴は立っていた。

凄まじい腐臭と血の臭いが鼻をつく。

死体の山、血漿の海。

凄まじい光景が広がっていた。


「どうやら容赦は要らねぇらしいな」


その言葉に、佇む血魔は仮面で覆われた顔でこちらを振り向く。

腕を振り上げ走ってくる。

しかし、その動きにはどこか迷いがあった。


手のひらを向けたと思えば、そこから血液が物凄い勢いで噴射される。

すんでのところで避けたが、背後の柱には大きくヒビが入る威力があった。


「”圧縮水弾”ってとこか。近づけば問題はないな」

『......』


ステップで距離を詰めるが、仮面の隙間から覗く歪んだ笑みを、袖の奥、手の甲を這って延びてくる血の刃を見逃さなかった。


「....危ないな」


これも上体を反らして躱し、横っ腹に警棒を打ち付ける。

鈍い感触。確実に骨を砕いただろう。

怯んだ隙を逃さず、背後に回り首に警棒をかけ、ギリギリと締め上げる。


暫く締め続けて意識を断ったのか、奴は脱力し、膝から崩れ落ちた。


ふと、奴のポケットから落ちた紙切れに目が留まった。

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