『それは紛れもなく………』
ある国の、ある場所、ある森のとある戦場。
そこは、たった一人を殺すためだけに送り込まれた軍が進軍する、一対多の異常な戦争だった。
雄叫びを上げる。無数の
それらに混じって、誰かが無差別に暴れ回る光景が目に入った。
それは一人、肉体に恵まれた少年にも、成熟した青年にも見えるその人。
彼の姿を見た者は一様に恐怖した。
化け物、怪物、悪魔……………。
そうとしか言い様がない、彼の姿はまさしく異形。
「なぜ、お前らは俺を殺そうとする」
彼の手で、一人の女性の首がへし折られる。
「なぜ、俺よりも弱者のお前らは驕る」
彼の足で、地面に這いつくばる男や子供の何人かが、その身体を踏み砕かれる。
「異能の力を得たとて、所詮、お前らはただの人」
彼の背部から生えた翼が、群がる者共を薙ぎ払う。
「真に人間を止めた俺を相手に、俺の前に立とうとする愚考を犯すほどに」
彼が全身を回転させる。突風を伴った攻撃が、彼の周囲にいる人間の全てを吹き飛ばす。
「お前らは、俺を恐れるか」
爛々と輝く瞳、その色は黄金であったが、しかし。
瞳孔は縦に割れ、その瞳孔を瞼とするように、瞳の中からもう一つの赤い〝目〟が開く。その異形の、人外の瞳は恐怖に慄き、怯え、震え、しかし戦意を高くする戦士の姿を射抜いていた。
威風堂々とした立ち姿で、彼はただ一言、自らに立ちはだかる彼らに宣告した。
「よかろう、ならば存分に味わうがいい、この俺の力を。代償はお前らの命だ」
両手を広げる。全くの無防備な姿を晒して、彼は嘲笑を持って戦争を再開した。
「貴様らの血肉、この俺が貪りつくそう」
そこからは、本当に蹂躙だった。
人の姿を残していた彼の異形は促進し、その身体から青黒い鱗を生やす。
翼の如くはためく鱗は、彼の身体から離れ、戦場を縦横無尽に飛び回る。
刃。そう、それは鱗の刃。生きて命を刈り取らんとする、
バサバサと、彼の身体から鱗が離れる度に、彼の身体からはためく鱗が生えてくる。
特に、彼らは抵抗らしい抵抗は出来ていない。
戦場を飛び回る鱗を避けようとするか、あるいは死にたくないと逃走するか。
いずれも飛び回る鱗から逃れんと、彼らは足掻いていた。
その様を楽しむのも良かろう。もし、ここに酒があるならば、酒の肴にでもなるだろう。そう、彼はのんびりと思考に耽る。
悲鳴を、雄叫びを、絶望の嘆きを、それらの声は心地よく、彼の耳に福音を奏でる。それがいけなかった。それは、彼の内に眠らせていた残虐な心を呼び覚ます。
いや、抑える必要はないか。
なにせ、ここには見られたくない相手などいない。むしろ、彼らは皆殺しにする予定の者達だ。
どうせ、見せても構わない。
冥途の土産と謂う奴だ。
そう、彼は思い、内の獣性を解放した。
「ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいやああああああああああああ!!!!」
金属を擦り合わせたような、あるいはシンバルを鳴らしたような、恐ろしく高い高音の咆哮が戦場に響き渡る。
哄笑を上げながら、まるで無邪気に虫を殺す子供のように、彼ら〝人間〟は殺されていく。
真っ赤な雨が降る。赤黒く、美しき雨が。
それは甘味で、ワインの如く我が身の喉を潤していく。
貪るように肉を喰らい、飲み干すように血を啜り、遊ぶように身体を引き裂き、遊ぶように骨を踏み砕き、遊ぶように内臓を握り潰す。
それは絶望の渦巻くディストピア。この世に現出した地獄。
戦場に転がる、誰かも分からない程に貪られた死体、死体、死体の山。
この世に屍山血河を築いた者、それはたった一人の〝怪物〟。
人の体躯をしていたが、その姿は人に非ず。
――――――頭は魚のようで
ぐちゃり、ぐじゅると咀嚼する。
――――――額には二本の角
ずるりと、角に刺さった人の皮が落ちる。
――――――口元には二本の触手、もしくは髭のようなもの。
ダラダラと血が零れる。
――――――口の中には鋭い門歯
牙の一つ一つ、一様に赤く染まり。
――――――首は細長く
刺さっていた武器や爪が自然と抜け落ちる。
――――――身体は爬虫類に似た翼の生えた循鱗に覆われており
青黒い鱗と血が混ざって、光を反射して濁った紫色が輝く。
――――――直立歩行する恐竜のように腕と脚を二本ずつ
バキリと足元の何かを砕く、爪には何かの肉が刺さっている。
――――――長い尾、背部には蝙蝠のような翼が二対
翼がはためき肉と臓物が飛び、尻尾を揺らして血に濡らす。
――――――その顔、そこには一対の金瞳と、その奥にまた赤目が一つずつ
口の中のそれを呑み込み、白い息を吐き出す。
その姿、あの物語を知る者はこう称しただろう。
彼のアリスに首を切られて最後を迎えた、最凶の竜。
――――――〝ジャバウォック〟と・・・・。
物語の怪物と、殆ど同じの似姿をした彼。その正体は何なのか。
多くは語れないが、一つだけ、確信して言える事がある。
彼は、既に〝人間〟ではないのだと――――――。
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