珈琲は月の下で

@chauchau

淹れたてが好きな俺と


「珈琲と恋愛は熱い時が最高だそうだ」


 草木も眠る丑三つ時に、窓際に腰掛ける先輩が月明かりに照らされてまるでこの世のものではないかのようで。


「随分と浪漫溢れる嫌味ですね」


 冷めきってしまった珈琲を嗜むこの人に、俺が言える精一杯は自分でも嫌になるほど安っぽい言葉だけだった。


 俺と先輩の関係性を世間一般では何と呼ぶのだろう。

 恋人などと甘い関係に収まったことはない。二人っきりで会うのは決まって俺の部屋。出掛けたことなんてサークルでの用事ぐらいなもの、それも他の面子と一緒にだ。

 単なる先輩、後輩などと言う気はない。会う度に肌を重ね続けて、いまだって下半身に残るのは嬉しいと思えてしまう吐き気を催す違和感だけだ。


 どちらから手を伸ばしたのかなんて覚えていない。でも。

 あの手を、俺は握るべきではなかったんだ。


「そもそも、僕は猫舌だしなァ」


「ついでに子ども舌でしょう」


 この人がミルクも砂糖も入れずに珈琲を飲む理由なんて馬鹿げたもので、ただ月明かりの下で恰好を付けてみたかったとかそれだけなのだろう。


「落ちないでくださいよ」


「そこまでマヌケじゃないよ」


 付けてしまった格好を貫くこともしようとしないこの人は、俺から受け取ったミルクと砂糖を嬉しそうに入れていく。


 ひとつ

 ふたつ

 みっつ


「ねえ、先輩」


「うん?」


「会うの、もう止めましょうか」


「生き辛いしねぇ」


 珈琲に入れたミルクを取り出せないように、一度発した言葉を戻すことなど出来はしない。それでいて、否定してほしいのだから我ながら情けないほど馬鹿らしい。


「珈琲と一緒でさ。無視してほしいよね、人の好みなんてものは」


「砂糖四つにミルク七つは珈琲ではない何かです」


「最早、珈琲味の砂糖と言えようか」


 こんな時でもこの人は優しく笑う。肝心なことは何一つ言いもせず、笑って誤魔化すのだから性質が悪い。


「相変わらず性質が悪いなァ」


「心外です」


「そんな顔で言われて分かりましたとはならないじゃない」


「止めもしないくせに」


「そりゃね。……」


 笑う先輩が珈琲に口を付ける。

 入れすぎた砂糖がじゃりじゃりと音を立てていく。


「月が綺麗ですね」


 たった二文字の言葉を言ってくれもしないこの人が、無駄にどや顔を決めてくることがなによりも。


「零点です」


 腹ただしくて、俺は頭から布団を被ることにした。

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