27.そうだと、いいな

 結婚式の準備の一つとして、ローザティアは慣れない刺繍に取り組んでいた。

 ファーブレスト王国に伝わる風習の一つに、式の主役たる二人が互いの手作りのアイテムをそれぞれ一つ持つことで永遠に結ばれる、というものがある。ローザティアは、式の折にセヴリールが使う白い手袋の甲部分に彼のイニシャルを刺繍することにしたのだ。


「丁寧にできておりますよ。さすがです、殿下」

「ありがとう、アルセイラ」


 丁寧に……というよりは拙い刺繍の出来栄えを、それでもきちんと褒めてくれたアルセイラに王女は頭を下げた。

 いきなり手袋に刺繍などということは無理だろう、とローザティアは自分を理解していた。友人であるアルセイラに恐る恐る相談してみたところ、まずは同じ素材の布で練習をしてからにしましょう、と提案されたのだ。

 十数枚の布で練習を重ね、ついに至った本番は本職と比べればどうしても見劣りするものでしかない。だがそれは、実は手先が不器用な王女が配偶者となる人のために必死に重ねた努力の結晶であり、少なくとも慣れない者が仕上げたにしては丁寧で問題のない出来であった。


「セヴリール様がこれをお手に取られたなら、きっと何よりも大切な宝物にしてくださいますよ」

「そ、そうか。そうだと、いいな」


 ものすごく頑張った、という満足げな笑みを浮かべつつ頬を赤らめる王女の表情は、普段民の前に立つときには全く見せないものだ。それを、テーブルを挟んだだけの距離で拝むことができるのは友人の特権だ、とアルセイラはとても楽しげに笑う。

 その彼女にローザティアは、刺繍糸をしまい込みながら尋ねた。


「その後、どうなのだ? 良い相手は見つかりそうか?」

「いろいろとお話は頂いているのですけれど、なかなか。父が言うには、お年の離れた方もいらっしゃるとのことで」

「ああ、後添い狙いというやつか。あわよくば娘ほどの年齢の公爵令嬢を手元に、とか考える愚か者であろうな」


 ティオロードとの婚約が白紙に戻ったアルセイラには、公爵家の娘ということもあり少しずつ縁談が舞い込んできているようだ。ただ、この年齢の令嬢に見合う相手といえばそのほとんどが既に婚約者を得ており、故に年齢の離れた相手からの申し込みが多くなる。

 その中には、様々な理由で妻のいない中年や老齢の貴族からの話もある。娘代わりに可愛がりたい者、単純に若い妻を娶りたい者、老齢の自分の面倒を見て欲しい者など、理由は様々だ。


「事情が事情ですので、十歳くらい上までなら構いません、と父にはお願いしております」

「それ以上離れたら、親のほうが年が近くなるだろうからなあ……」


 だがアルセイラの場合彼女に瑕疵がある、というわけでもないのでそれなりに相手は選んでいるようだ。フランネル家が公爵家という、王家に近しい家柄であることでそれが可能となる。


「良い縁が見つかることを祈っているぞ。さすがに事情が事情だ、私の方からこの相手はどうだ、などとは言えんからな」

「お気遣い共々、ありがとうございます」


 自分の弟のせいで友人に迷惑をかけてしまった、ということを自覚しているローザティアは、だからそういう言葉だけを贈るにとどめた。これ以上、王家としてフランネルの令嬢に何かを押し付けたくはない。

 少し悩んでいるローザティアの表情に気づいたのか、今度はアルセイラのほうが質問を口にした。


「そう言えば、ティオロード殿下はお元気でいらっしゃいますか」

「え? ……あ、ああ、毎日知恵熱と筋肉痛らしいぞ。そなたと離れたのは愚かではあるが、男爵家を継ぐとなれば学習も訓練も全力で頑張っておる……本当に馬鹿だな、あれは」


 自身を捨てて男爵家の娘に走った王子の現在の事情を、アルセイラはまっすぐに聞く。手で目元を抑えてはあ、と大きくため息をついたローザティアに、友人たる令嬢はよし、と一つ頷いて宣言をしてみせる。


「……わたくし、ティオロード殿下よりも良い殿方を見つけてみせますわ」

「! ぜひそうしてくれ」


 ぐ、と拳を握ったアルセイラの宣言に、ローザティアもはっと顔を上げて大きく頷く。さすがに、あの弟にはまだいろいろと言い足りないらしい。というか。


「何と言うか、アルセイラに恥をかかせた愚弟が生き生きとくたばっていることに腹が立つ」

「生き生きと、おくたばりですか……」

「やる気はあるが、体力と知能がついていけていないようでな」


 実の姉として程々に酷い評価を下すローザティアに、思わずアルセイラはぷっと吹き出した。少々、気は晴れたようである。

 王女の方も意識を切り替えたのか、友人に向き直ったその表情は国民が見慣れている王女のものだった。その表情で彼女は、令嬢に話を振る。


「ああそうそう、せっかくなのでそなたに縁組を持ちかけてきた家のリストが欲しい。どう考えても後添い狙いの者どもだけでよいが」

「承知いたしました。父に伝えておきます」

「頼むぞ。中には、家の都合でフランネルと縁を得たい家もあるだろうからな」


 アルセイラとの縁談を望む理由の一つに、フランネル公爵家の威光を借りたいというものもあるはずだ、とローザティアは睨んでいる。公爵家の力を借りたい理由如何では王家からの援助も、逆に御家断絶などの処置も辞さない。

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