26.落とし所として

「それで、結局彼女はどうなったのですか?」


 書類を手早く仕分けしながら、セヴリールが尋ねた。自身のサインを入れたものを脇に避けてローザティアは、薄く笑みを浮かべる。


「ジェイミアは終身刑。処刑も考えたがどうも、死ぬことが本人の利益になりかねない発言をしていたのでな」

「していましたね。私には理解できない思考ですが」

「あのような考え、理解しなくていい」


 『国家転覆を狙い、王位継承権第一位の王女を殺害せんとした罪』を背負わされた女性教師の顛末を口にして、王女は軽く頭を振る。

 人生をゲームとみなし、望む終わりが来なかったために次の人生をと望んだ彼女には、終わりを先へ先へと伸ばすこの刑が一番ふさわしいだろう。彼女が収められた場所にまつわる『噂』もまた、その決定を後押しした。


「いつまで生きるかはわからんが、城の地下牢で心ゆくまで永らえてもらうぞ」

「あそこの噂、本当なんですか?」

「そういう伝承なんだがな、何しろ終身刑になるような程々の罪を犯すやつがいなくてなあ。調べるにはちょうどいい」

「まあ、そうなりますか」


 もっとも、実際のところ死のうとしても死ねない、などという噂の真贋など誰も確認していない。ジェイミアが自ら望んで終わろうとしたときに、さてどうなるか……ローザティアは、観測対象として彼女をそこに収めたのだろう。

 結果がどうなろうとも、それは観測記録にしかならない。それ以上の関心はもう、彼女に対して持たれることはない。その証拠にローザティアは、あっさりと話の内容を切り替えた。


「ジョエルはオーミディ辺境伯が引き取った。宰相の希望により、ニルディックも一緒にな。辺境伯は二人まとめて、死なない程度に鍛え上げてみせましょう、などと言っておったぞ」

「オーミディ卿の基準では、すぐに再起不能になりかねませんが……まあ、奥方が何とかされるでしょう」

「夫人に引き渡されたら、砦の掃除を二人だけでやれとか言われかねんぞ」

「……それはそれで……」


 はっはっは、と笑うローザティアの顔にセヴリールは、苦笑で答える。

 オーミディ辺境伯の夫人はこの王女に負けず劣らずの豪傑で、ひょろひょろの新兵にトレーニングだといって彼らが使う宿舎の掃除や食料の下ごしらえなどをさせる。彼女自身も国境警備隊の隊員を務め、それなりの腕力を誇るという。

 ……もっとも、我が子の教育にまではなかなか手が回らず、結果としてジョエルはマリエッタとの婚約を保留という形になったようだ。

 宰相子息のニルディックは、リーチェリーナとの婚約は一旦白紙撤回となったらしい。オーミディ辺境伯のもとで鍛錬を積み上げてから改めて、良い縁があればということになる。

 そうしてあと一人……その家族である腹心に、今度は王女のほうが尋ねた。


「ステファンはどうした?」

「兄が、自身の護衛部隊の下働きに入れました。まずは体力づくりと馬の世話から、ということなのですが」

「はっはっは、私もやったなあ。馬糞の片付けが臭くてかなわんかったぞ」

「経験がおありなのですか」

「我らを背に乗せる、重要な移動手段であり友だ。一度世話をして、その存在の重みを刻みつけよという両陛下のご意向でな」

「なるほど」


 兵士としてすら扱ってもらえず、下働きに奔走する義理の弟予定の青年の姿を思い描いてローザティアは、自分の経験をそこに重ねた。いずれ国を継ぐ王女故に、さまざまな存在が自身を支えているのだということをそういった経験を通して彼女は刻み込んだのだろう。


「……ああ、下働きなのですが、なぜかミティエラ嬢もお手伝いに来ております」

「おや」

「婚約は保留、です。グサヴィット侯爵も、しばらく様子を見てから結論を出すと言ってくださったようで」


 一番穏やかな形に収まったのは、どうやらここのようである。それを知って、ローザティアはほうと胸をなでおろした。婚約者の実家が騒がしいままでは、婚姻にも少々支障があるかも知れない。

 さて、そもそも婚約破棄を言い出した張本人については。


「……ティオロード殿下は、いかがなさっておいでですか」

「ああ、あれは今、ツィバネット家の帳面とにらめっこ中だ。いくつかある爵位から適当な伯爵位を与えて、その後ツィバネットに婿入りさせることになっている」

「はあ」


 男爵家への婿入りは、確定しているらしい。さすがに王族そのままでは位に差がありすぎるため、伯爵位を緩衝材としてティオロードに与えられる。恐らく、王族としての地位は剥奪だ。


「何だかんだで、クラテリアのことを本気で好いてしまったようだからな。婿に入った後、ツィバネットをいかにして発展させるかに思考が向いているらしい」

「そのままツィバネットに入れるんですか」

「まさか。近くの軍に放り込んで鍛え上げられる予定だよ」


 どうやら、最終的にツィバネット男爵家の当主配偶者となるのは確実だが、その前段階として友人たちと同じく厳しい兵士訓練を受けることになるらしい。


「まあ、ジェイミア以外犯罪を犯したわけではありませんしね……」

「そういうことだ。家同士、落とし所としてこれで納得しているのだからな」


 やれやれ、と数ヶ月後に結婚式を控えている二人は、肩を同時にすくめた。

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