22.ルートフラグ立ったと思ったのに

「ジェイミア先生、どういうことですか?」

「……」


 兵士に腕を取られて身動きができない状態で、ジェイミアはローザティアを睨みつけている。自分に言葉を投げかけた、教え子であるクラテリアを無視して。

 一度ぎりり、と歯を噛み締めて彼女は、王女に対してあるまじきセリフを叩きつけた。


「何でよ! 視察先で、盗賊団に襲われたんじゃないの!?」

「え?」

「姉上、それ本当ですか!?」


 ぽかんと目をみはるクラテリアの隣から、ティオロードが姉を振り返る。ふむ、とジェイミアを指していた扇を指先で閃かせ、ローザティアは「ああ」と頷いてみせた。


「確かに、襲撃を受けたぞ。まああの程度だ、私とセヴリールで半分以上叩き潰し、ひっ捕らえてある。そのようなわけで、皆には伝えておらぬな。我々はさほどの手傷も負うておらぬ、この通り無事だ」

「そ、そうですよね」


 くるりと一回転した姉の姿に、弟はほっと胸をなでおろす。それからふと、首を傾げた。

 ティオロードが浮かべた疑問の内容を、恐らくローザティアは理解していただろう。故に彼女はそれを、周囲で自分たちを見つめている観衆に対して投げかけた。


「今、愚弟が私に尋ねたということは、そなたら分かっておるか? 確かに襲撃はあったがこちらはほぼ無傷、敵はすべて捕縛済み故連絡は最小限にとどめた。めでたい卒業の場に、無事とは言え荒事の報を入れるのはいささかためらいがあったからなあ」


 ぱしん、と手のひらを扇で叩きながらローザティアは言葉を紡ぐ、平然とした表情であった彼女の顔が、そこでジェイミアに向けられた時点で変化する。

 意地の悪い、うっすら笑みが浮かべられた表情に。


「……さて、ジェイミア。そなたはなぜ、我らが盗賊に襲撃されたという事実を知っておるのかな?」

「そう言えば、連中に殿下の襲撃を依頼したのは顔を隠した女、だという証言が上がっておりますが」


 ゆっくりと尋ねるローザティアに、セヴリールがさも今思い出したかというように盗賊たちの証言を言葉にして指し示した。途端、観衆たちの視線はジェイミアに集中する。彼女の教え子となっていたティオロードやクラテリアたちのそれも。


「ジェイミア先生?」

「……ちっ」


 クラテリアのかすれた声が自分の名を呼んだのがきっかけなのか、ジェイミアの口から舌打ちの音が漏れた。苦々し気に顔を歪め、「あーあ」とわざとらしいため息をついて見せて彼女は、諦めたように吐き出した。


「あーもう、ルートフラグ立ったと思ったのになあ」

「ルート?」

「フラグ?」


 その聞き慣れぬ言葉に、一同はぽかんとあっけにとられた。その視線を弾き返すようにぐるりと見渡して、ジェイミアの口から溢れ出たのは悪意と敵意に満ちた告白だった。


「そうよ、私がローザティアを襲ってもらったのよ金払って! ティオロードとクラテリアがくっついて、それであんたが死ねば私はセヴリールとくっつけたのに! 何で二十人近くも雇ったのに、護衛がほとんどいないとこ狙わせたのにい!」

『はあ!?』

「ローザティアが死んじゃってめっきょり凹んでるセヴリールを、ヒロインの家庭教師が慰めてくっつくの! そのはずなのに何で、平気な顔してそこにいるのよ!」


 王女や王子に敬称をつけず、王女の死を望む。そうして自身は王女の婚約者を略奪する、などという反逆罪にも値する告白は少なくとも、セヴリールが腰の剣に手をかける十二分な理由となった。


「殿下、処刑の許可を」

「駄目だ。簡単に死なせるものか」


 ローザティアがセヴリールを止めるのが、もちろんジェイミアに対する温情などでないことはこの場にいる全員が理解している。そうして、それを深く知っている二人の弟たちが思わず口を開いた。


「というか、先生。よくわかりませんがそれ、無理だと思います」

「万が一にもセヴリール兄上が、たかだか二十人ほどの敵を相手にしたくらいで、ローザティア殿下にお怪我をさせることなどないですね。その十倍で何とか?」


 ティオロードがまず放った結論と、その理由の一つを紡いだステファン。彼らは姉と兄がどれほどの力を持っているのか、身近で見てよく知っている。


「殿下のお命なんて、小国の軍一つ動かさないと駄目じゃないですかね? さすがに父上も、そんなもん計算しませんけど」

「そんなことしたら、うちの父上が黙っちゃいないんだけど……いやですよ、戦なんて」


 宰相を父に持つ二ルディックが肩をすくめ、王国の領土を守る辺境伯家の子息であるジョエルがぶるぶると首を振るった。


「それにセヴリール殿は、億が一にも姉上に先立たれた場合、その詳細を王城に報告したあとで姉上を追います。逆もあると思いますが」

「あ、逆だと兄上は私の後を追うな、と言い残されますよ多分きっと絶対」

「そなたら、私とセヴリールに関してはしっかり把握できておるのだな」

「……否定はしません」


 そうして弟二人が出した結論を、王女も腹心も苦笑して受け入れるしかなかった。

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