23.引っ立てい。息災でな

「……さて、ジェイミア」


 さっと表情を切り替えて、ローザティアは捕らえられたままのジェイミアに向き直った。当の彼女は、今目の前で繰り広げられた小芝居に目を丸くしたまま、身じろぎ一つできないでいる。


「貴様には不敬……はまあともかく、国家転覆を企てた罪がある」

「王女殿下を暗殺しようとした、と自白していますからね」


 だが王女と、そして自身が『狙って』いたその側近の言葉にはさすがにビクリ、と身体が震えた。同時に向けられた視線の、鋭さと冷たさを感じ取ったからかもしれない。


「擁護する者は同罪とみなされる可能性もありますので、お気をつけて」

「この者はこのまま、王城地下牢にて身柄を拘束。裁きを受けさせることになるな」

「まず死罪ですが、背後関係を洗う必要がありますので。……ツィバネット家に近い家には事情聴取の機会が設けられると思いますが、後ろ暗いところがないのであればおとなしくお受けいただくことを推奨します」


 そうしてセヴリールが、ローザティアが続けた言葉には観衆たちがざわりとざわめく。次期国王たる王女の生命を狙い、その婚約者である公爵子息を略奪しようとしたこの教師の罪は、この国ではそれだけ重い罪だと彼らは再確認したのだから。


「ちぇ、処刑エンドかあ」


 だが、そのざわめきは間の抜けた言葉によって鎮められた。発言の主である教師は、ぷうと頬を膨らませた後に息を吐き出す。


「まあいいか。次はもっとたくさん雇うことにするわ」

「次……」


 そのなんでもない発言の意味を半ばほど理解して、セヴリールがぎりと歯を噛みしめる。つまり、『次にローザティアを襲う機会があれば盗賊をもっと多く雇う』などとこの犯罪者は発言しているのだから。


「次があると思っているのか」

「あるに決まってるじゃない、ゲームなんだから。エンディング来ちゃったんだから、また最初からやればいいだけよ」

「……貴様」

「安心して、セヴリール。次はちゃんと攻略したげるから!」


 その常軌を逸した発言に、思わずセヴリールが一歩踏み出しながら剣を抜きかける。剣の柄を握った手を抑えたのは、ローザティアの扇の先端だった。


「………………なるほど。そなたは我らの人生を、たかがゲームだと考えておるわけか。始まりと終わりがあるのならば、例えばすごろくや物語のようなものだと思いこんでおるのだろう」


 凍りついたように動きを止めたセヴリールと、顔をひきつらせたジェイミアの間に滑り込むように足を進めながら王女は、ふっと鼻で笑ってみせた。どこまでも愚かな考えと発言しかすることのできない、一人の女を。


「先ほども言ったであろ? 貴様、簡単に死ねると思うなよ」

「ひっ」

「殺しはせぬよ。どうやらそれが、貴様の望みであるようだからな。まあ」


 うっすらとした冷酷な笑みを浮かべて、ローザティアが歌うように語る。ジェイミアを見下ろす目が、ほんの一瞬鋭く細められた。


「『また最初から』の最初。物語の一文目、すごろくの最初のマスにたどり着けるのは、いつになることであろうな」

「……え」

「案ずるでない。貴様の生命は、我がファーブレスト王国の総力をもって永らえてみせようぞ。愚か者がどのように生きていけるかは、わからんがな」

「え、あ、それって」

「引っ立てい。息災でな」

「ひ! い、いやあっ、はなして、はなしてよお!」


 彼女の言葉がどのような意味を持つのか薄々感づいたらしいジェイミアが、ジタバタと暴れだす。だが非力な教師はすぐに押さえつけられ、そのまま引きずられるように連れ出されていった。

 出口の扉が閉まるまで、「やめてえ! 死なせてよお!」という浅ましい悲鳴はずっと聞こえ続けていた。その声が聞こえなくなったところで、かろうじてかすれ声を出すことができたのはクラテリアだけである。


「ジェイミア先生、どうなっちゃうの?」

「国家転覆罪で処刑されないってなると……うん、クラテリアは知らないほうが良いと思うよ。俺も姉上に止められてて、詳しくは知らない」


 ふるりと首を振るったティオロードの顔は青ざめていて、だからクラテリアはそれ以上尋ねることをやめた。

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