21.いい人と結ばれてくれ
「ちょちょちょっと、どういうこと?」
「え、何言ってるんだクラテリア? 当たり前のことじゃないか」
「だって、今までずっと男の王様だったじゃないの!」
「五代前は女王陛下だよ? その後はみんな、即位された各陛下が最初に生まれただけだし」
疑問を顔いっぱいに浮かべ、ティオロードに詰め寄るクラテリア。その様子にローザティアはじめ満場の観衆は、彼女がファーブレストの貴族であれば知っているはずの基本的な常識を知らない、ということに呆れ果てた。
それはつまり、ツィバネット男爵家で施された教育がなっていない、ということである。この一点で、ツィバネットの名は地に落ちたと言ってもいいだろう。クラテリアは、現時点におけるツィバネット唯一の後継者なのだから。
「ティオロードは本来であれば、アルセイラの婿としてフランネルの家に入る予定だったのだがな。この状況ではまあ、致し方あるまいて」
「そんなあ……わたしが、王妃様になるんじゃなかったの……」
「そんなわけないじゃないか、クラテリア。今説明したよね?」
何かのあてが外れたのか、ヘナヘナと崩れ落ちるクラテリアに対してティオロードは満面の笑みを浮かべている。そうして少女の手を取り、軽く首を傾げた。
「それよりさ、嬉しくないの? 君と俺のことを、姉上が認めてくれたんだよ!」
「え、え、え」
ティオロード第一王子は、自分が『姉の身に何かがあれば王位を継げる存在』であることはよく知っている。だが彼自身姉を嫌うわけではなく、また彼女の聡明さや苛烈さをもよく知っている。
故に自身は王位を継ぐことはなく、近しい貴族の家に婿として入るものだと深く理解していた。ただ、その前にクラテリアという少女が登場してしまったことで、道が狂ってしまったのだが。
「ティオロードよ、ツィバネットの娘よ。そちらの話は私が父上と話をして進める故、安心して待つが良い」
「ありがとうございます、姉上。……アルセイラ、君を悪し様に罵ってしまったのは俺が悪かった。君は何もしていないんだよね」
「もちろんですわ、ティオロード殿下。どうぞ、クラテリア様とお幸せに」
「ありがとう。君も、いい人と結ばれてくれ」
「はい」
ローザティアの言葉に弟は深く頭を下げた後、たった今まで婚約者だった令嬢に向き直る。そうしてお互いに言葉をかわし……穏やかに笑った。後日、別室にて令嬢は王子に対し、王女から借りた扇の一撃を食らわせたという噂が流れているが。
そのアルセイラの前に、ローザティアが進み出た。友人である令嬢の手を取り、頭を垂れる。
「アルセイラ、本当に済まなかった。愚か者との婚約については私とセヴリールから父上とフランネル公爵に伝え、然るべき処分を下していただくことにしよう。そのうえで、そなたには愚弟よりも良き縁を結んでもらいたい」
「ありがとうございます、ローザティア様」
「本当は、義妹になってほしかったのだがな。残念だ」
「わたくしも、ローザティア様をお義姉様とお呼びしとうございました」
現在のファーブレスト王家には第一王女ローザティア、第一王子ティオロードの二人しか子はいない。そのため、ティオロードとの婚約が破綻した時点でローザティアとアルセイラが義理とは言え姉妹になる道は絶たれた。……もっとも、普通に友人としての付き合いは続いていくのだろうが。
「ジョエル・オーミディ、二ルディック・ワンクライフ、ステファン・ガルガンダ。そなたらの処遇に関しては、それぞれの家において先方との話が進んでいるものと思う。これよりは当事者も交え、しっかりと話し合うが良い」
『……はい……』
一方、王子の取り巻きであった三人についてはセヴリールから、厳しい言葉が飛んだ。中に自身の実弟が入っているのだから、余計に言葉に棘が生えている。
「愚弟ティオロード及びツィバネット男爵令嬢の処遇については、このローザティアに任せてもらいたい。また、フランネル公爵令嬢については何の咎もないことを、我が名において宣言しよう」
「ローザティア様のお言葉に、感謝いたします」
観衆たちをぐるりと見渡し、ローザティアは張りのある声で宣言を行う。アルセイラがほっとしたように答えてくれたことで、場の雰囲気は和らいだようだ。
だが、話はここで終わりではない。王女が腹心にちらりと視線を投げ、彼は頷いてとある方向へ手招きをする。
「さて。クラテリア嬢が、貴族として基本的な常識を知らなかったことは皆も理解しておろうな? これはどうやら、ツィバネット家に引き取られてからこの学園に来るまで、彼女を教育した教師が原因であると思われる」
「え?」
「あれ、クラテリアの家庭教師って確か」
ローザティアの言葉にクラテリアと、そして彼女から話を聞いたことがあるらしいティオロードが顔色を変える。その彼らの前に、兵士たちによって引き出されてきたのは黒髪をうなじでひとまとめにした、眼鏡を掛けた女性。
「そなたはいかなる意図をもって、クラテリア嬢に教育を施したのか伺おう。なあ、ジェイミア殿」
ひらり、と一度翻した扇の先で彼女を指し、ローザティア王女は質問を紡いだ。
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