15.相手をするのが面倒です
「はぁあっ!」
ドレスの裾を翻し、ローザティアの白く長い足が盗賊らしき若者のこめかみを直撃した。その向こうで、セヴリールの振るった剣が別の若者の腕を切り落とす。
その二人が地に倒れ伏したとき、戦闘は終了した。王女と腹心の周りには失神した者も死んだ者も合わせて十五人ほどが転がっており、それらを片付けるためにローザティアの部下たる兵士たちがわらわらと寄り集まってきている。
「ふん、少しは手応えがあってもよかろうに」
「それでは相手をするのが面倒です、殿下」
「私に五人倒させておいて何を言う」
「お言葉ですが、私は八人倒しました」
「む、負けた」
子供の遊戯を終えた後の感想戦であるかのように、二人は言葉をかわす。血を振るって剣を鞘に戻し、セヴリールは兵士たちに命じた。
「裏を吐かせておけ。嘘の供述をするかも知れないから、念には念を入れよ」
「はっ!」
命令に応じて兵士たちの数名が、生き残った襲撃者たちを運んでいく。それを見送るローザティアたちの前に恐る恐る進み出て来たのは、今彼らがいる街を治めている町長だった。小太りの中年男性で、戦よりは言葉を操るほうが得意であろうことが見て取れる。
「お、王女殿下、ご無事でございましたか」
「そなたも無事そうで何よりだ。何しろ私には、セヴリールがいるからな」
衛兵を連れている彼が無事であることを確認して、ローザティアは一瞬だけ微笑んでみせる。普段はほとんど見せることのないその表情に町長が一瞬気を取られた隙に、彼女はするりと質問を投げかけた。
「己の領地で王族を襲うほど愚かではない、と思うが。心当たりはないのだな?」
「は、はい、もちろんでございます!」
「ならば良い」
町長が治めているこの街を、ローザティアはセヴリールを連れて視察に訪れた。その最中に彼女たちは若者を中心とした集団に襲われ……その半数以上をローザティア自身とその腹心が倒して終わらせたのだ。
さすがに自分がやった、などとは実際がどちらでも言えないだろう町長だが、王女の問いには即座に首を振る。その反応にローザティアがニヤリと笑みを見せ、そうして念を押した。
「……虚偽申告の場合は後が怖いぞ?」
「承知致しております!」
「よし」
酷く顔をひきつらせた町長に頷き、去ることを許可してから王女は腹心に視線を向けた。配下への指示が終わり、去っていく町長一行を一瞥してからセヴリールは、身体ごと主の側へと向き直る。
「どう思う?」
「ツィバネットが動いているとは思えませんが……そう言えば」
落とした声で一言尋ねられ、答えというよりは推測を言葉に紡ぐ。ただその後、話が続いたことに気づいてローザティアの視線は、セヴリールに固定された。
「関係があるかどうかはわかりませんが、ちょっとした話が出てきておりまして」
「話?」
「クラテリア嬢がツィバネット家に引き取られてから学園に入学するまで、家庭教師が雇われておりました。その家庭教師はクラテリア嬢の入学と同時に、学園に教師として着任しております」
ツィバネット男爵領の調査時に出てきたであろう情報を、今になってセヴリールが言葉にする。その意味をなんとなく理解し、ローザティアは「ふむ。素性は」と先を促した。
「ジェイミア、女性ですね。平民ですが、学園の卒業生です」
「……頭が良い、ということかな」
「はい。身元ですが、オーミディ領で農民をしている家の末娘ですね。頭脳明晰ということが領主に見いだされて学園に入学、良い成績で卒業しております」
当事者の素性調査を終えてからの報告、ということでセヴリールはとつとつと話を続ける。途中、足元に転がっている屍を一つ踏み越えた。これは、王女の蹴りで首を折られた襲撃者だ。
「ん、オーミディ領?」
報告内容に現れた固有名詞に、ローザティアが反応した。クラテリアの取り巻きと化した息子を持つ、国境警備隊司令官の名である。つまり、件の教師は辺境からその頭脳を以て王都に出てきたことになる。ないことではないが、故郷がオーミディ辺境伯領というのは珍しいな、というのがローザティアの感想である。
が、それについてセヴリールが「最近はそうでもないですよ」と説明を加えてくれた。
「ほら、領主一族が言ってはアレですが脳筋でしょう。当主もそれは自覚があるらしくて、せめて配下には頭の良い者をと考えているようで」
「なるほど。そのくらいは頭が回らねば、領主などやれんか」
当主が力押しを重視する考えであっても、その配下が全て同じ考えでは領地経営や防衛などは成り立たない。今の辺境伯はそこを理解できている、と王女は胸をなでおろした。国境防衛などは未だ父たる王が采配を振るっており、ローザティアはあまり触れていないのだ。
それはそれとして、件の教師……ジェイミアの動きにふと気づいて、彼女は眉をひそめた。
「……だが、卒業後故郷には戻っていなさそうだが」
「ええ。王都や貴族領で家庭教師を務めていたようです。それらの貴族の推薦を取り付けたことで、学園に着任できたようですね」
「卒業生とは言え、それなりの身分や実務がなければ教師にはなれんからなあ。なるほど」
頷いてはみせたものの、ローザティアは不安げな表情を浮かべたままである。どうも、何かを感じたようで……それに気づいているセヴリールは、故に「調査は続行しております。ご安心を」と声をかけ、その肩をゆるりと抱いた。
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