16.愚弟どもが

 国内視察中のローザティア王女を襲撃した一団。彼らの口は、ほんの一日で無事に割れたという。王女側近たるセヴリール・ガルガンダの責めが厳しかったのだろう、とその街では噂になったようだ。

 ただし、背景が判明したわけではない。


「顔を隠した女からの依頼、とな」

「はい。それを受けた若い盗賊が仲間を集めて、ということのようですね」


 捕縛された者の口を割らせた後、彼らのアジトを急襲してその仲間を捕らえた上で吐き出させた内容は、これが全てである。盗賊たちも怪しい、とは思っていたようだが前金をそれなりに積まれたこともあり、若さゆえに無茶な襲撃に走ったということのようだ。


「ま、普通そうやって依頼主は正体を隠すものですよね。己の顔をひけらかすような馬鹿ではなかったと」

「そこまでの馬鹿に、この私の生命を脅かされるような真似はされたくないのう」

「全く同感です」


 茶を口にしながらむっつりと不機嫌さを隠さないローザティアに、セヴリールも頷く。差し出された素朴なクッキーを一つ指先で摘んで、ぽりと噛みしめるとじんわりと蜜の甘さがにじみ出た。


「どう見る」

「おそらくは、殿下のお考えに沿うものかと。確認を急ぎます」

「頼む」


 具体的な単語を言葉にせずとも、主従の会話は成立する。この話題については結論が出たと見て、ローザティアは小さく息をついた。

 その目の前に、書類が差し出される。もちろん、差し出したのはセヴリールだ。


「それと、こちらが本日届いた報告書です」

「うむ」


 手渡された数枚の紙に記された文章を、つぶさに読み耽る。そうしてローザティアは、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「……殿下」

「………………あんの、愚弟どもがあ……しばき倒す……」


 地を這うような王女の声は、露骨に実弟と彼の友人たちを呪う言葉を紡ぎあげていた。

 ティオロードとその取り巻きたちは、それぞれの家族から叱責を受けているはずだ。自身の立場をわきまえ、婚約者に対して誠実な態度を示せ、と。

 それにも関わらず彼らはクラテリアを取り囲み、アルセイラを始めとする婚約者たちへの態度を変えていないと報告書には記されていた。一緒に送られてきたアルセイラからローザティアに宛てられた手紙には、『存分におやりくださいわたくしは構いません』とまで書かれている。

 つまり、ついに彼らは婚約者たちから見放されたわけだ。その家族から自身の家族に情報が渡り、学園卒業と同時に得られたであろう立場をおそらくは失うことになる。その処分は、ローザティアに任されているのだ。


「……我が愚弟も、大変失礼をば……」

「ステファンも、寝ぼけたままか……」


 自身の弟がその中に加わっているセヴリールが、身体を縮めるようにして頭を下げた。僅かに顔を上げて腹心の様子を横目で確かめ、王女は拳を握りしめた。その中に、書類を数枚巻き込んで。


「遠慮せずにやってよいな? そなたの弟だからこそ、厳しく罰せねばならん」

「私のことはお気になさらず。父も兄も、既に見放しておりましょうから」


 深く長い溜息の後に互いに交わした言葉には、既に二人の覚悟が見え隠れしている。というよりは二人とも、事態をそこまで追い込んでしまった一人である自分たちの弟に対して呆れ果てているのかも知れない。

 いくつもの問題は、王女にそれなりの疲労を強いる。よって彼女は、夜も更けてきたところでわがままを言うことにした。


「……本日の仕事終了! セヴリールー、疲れた!」

「はいはい」


 遠吠えのようにローザティアが上げた声を受けて、セヴリールは苦笑を浮かべるとそのまま背後から婚約者を抱きしめた。


「まったく、ティオロードもステファンも私に面倒を押し付けるなー! 父上や母上だって、外国よそとの交渉で忙しいんだぞー!」

「本当ですねえ。ステファンについては、学園を卒業次第実家に引き戻して再教育するぞ、と兄が申しております」

「愚弟はじいやとばあやに再教育してもらうぞー!」

「……前宰相閣下と乳母殿ですか。それはそれは」


 自分の弟たちの未来をそれぞれ口にする二人。ローザティアの言うじいやとばあや、先代宰相と王女の乳母は彼女やティオロードを王家にふさわしくあれと教育した人物であり、ローザティアについてはそれは成功している。

 さて、うっかりおかしなことになってしまったティオロードに対してその二人は、どう当たることか。

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